「サムシクおじさん」でドラマ初出演。韓国の“演技の神”ソン・ガンホは、いまなお進化し続ける

コラム

「サムシクおじさん」でドラマ初出演。韓国の“演技の神”ソン・ガンホは、いまなお進化し続ける

35年近い演技生活の中でカンヌ国際映画祭主演男優賞をはじめ、数々の栄誉に輝き、誰もが認める国民的俳優となったソン・ガンホ。韓国映画をそれほど観なくとも、アカデミー賞受賞作『パラサイト半地下の家族』(19)の主演俳優として認識している人は多いと思う。デビューから一貫して映画に専念してきた彼が、「サムシクおじさん」(ディズニープラスで配信中)で初めてドラマに出演し、大きな注目を集めている。この話題作について紹介する前に、彼のこれまでの華々しいキャリアを監督との関係性も含めて振り返ってみたい。

「サムシクおじさん」に出演した理由を「俳優にはいろんなチャレンジが求められるから」と語るソン・ガンホ
「サムシクおじさん」に出演した理由を「俳優にはいろんなチャレンジが求められるから」と語るソン・ガンホ[c]2024 Disney and its related entities

ヤクザ役から人気に火がつき、演技派スターに!

中学時代に俳優を志望し、地元・釜山での演劇活動を経て、20代前半でソウルの劇団に参加すると、間もなく先輩俳優の推薦により『豚が井戸に落ちた日』(96/ホン・サンス監督)でスクリーンデビューした。続いて、ハン・ソッキュ主演の『グリーン・フィッシュ』(97/イ・チャンドン監督)にヤクザ役で起用される。あまりの成り切りぶりに観客からは「本物のヤクザを連れてきたのか」と言われ、共演したベテラン俳優には「驚くような俳優を発見した」と演技を絶賛された。ソン・ガンホにとっては、本気で映画に取り組みたいと思わせてくれた作品になったという。

続いてハン・ソッキュ主演の『ナンバー・スリー』(97/ソン・ヌンハン監督)で再びヤクザ役を任され、大鐘賞新人賞をはじめ各賞を受賞。なかでも、彼が子分たちに「ハングリー精神が大事だ」とこんこんと説くシーンが大ウケし、物真似されるようになって認知度も上昇した。大言壮語しながら、ほとんど中身がないというキャラクターは、後に『パラサイト 半地下の家族』で演じた「計画すること」について言い募る家長役にも通じるものがあり興味深い。ただ、この時点では彼を単なるコメディ俳優だと認識している観客が多かったそうだ。

韓国情報院の要員でハン・ソッキュ演じるジョンウォンの相棒ジャンギルを演じた『シュリ』
韓国情報院の要員でハン・ソッキュ演じるジョンウォンの相棒ジャンギルを演じた『シュリ』[c]Everett Collection/AFLO

このようにコミカルなイメージが強かったことから『シュリ』(99/カン・ジェギュ監督)で、ハン・ソッキュ演じる国家情報院エージェントの同僚ジャンギルというシリアスな役を務めた時は、ミスキャストだとの声も聞かれた。それでも、作品の大ヒットとともに彼自身も飛躍を遂げ、翌年の『反則王』(キム・ジウン監督)で初主演を飾る。平凡な銀行員テホが、ふとしたきっかけでプロレスの世界へ足を踏み入れ、覆面の反則レスラーとして活躍する様子をユーモラスな持ち味を十二分に生かして演じきり、2000年の観客動員数2位となる好成績を収めた。

パク・チャヌク、ポン・ジュノら名匠たちが手がけた映画の“顔”として出演

イ・ビョンホンと共演した『JSA』
イ・ビョンホンと共演した『JSA』[c]Everett Collection/AFLO

2000年は観客動員数1位を記録した作品『JSA』(パク・チャヌク監督)にも主演。イ・ビョンホン扮する韓国軍兵士と交流を結ぶ北朝鮮兵士のギョンピル役で、人間味あふれる演技を披露した。屈託ない笑顔を見せていた彼が韓国のチョコパイの美味しさに感心し、「我々の国でもいつか作れるようになる」と真剣な眼差しで話す姿に魅了されない人はいなかったのでは。これにより大鐘賞主演男優賞など多くの賞を獲得しトップスターの地位を確立すると、とどまるところを知らない快進撃を開始する。パク・チャヌク監督とは続けて『復讐者に憐れみを』(02)に主演。友情出演した『親切なクムジャさん』(05)を入れて、『渇き』(09)まで4作品で組んでいる。

ラストシーンのソン・ガンホの顔が物語に余韻をもたらす『殺人の追憶』
ラストシーンのソン・ガンホの顔が物語に余韻をもたらす『殺人の追憶』[c]Everett Collection/AFLO

映画人であればソン・ガンホと仕事をしたいと希望するのは当然のこと。パク・チャヌク以外にも複数作を一緒にした監督は何人もいる。2003年に『殺人の追憶』で初参加して以降、『グエムル 漢江(ハンガン)の怪物』(06)、『スノーピアサー』(13)、『パラサイト 半地下の家族』と4作で顔を合わせたポン・ジュノ監督とのコンビ作は、すべてが作品性と興行面で大きな成功を収めている。連続殺人犯を追う田舎の刑事ドゥマン役で主演した『殺人の追憶』で見せたラストの顔のアップは、今も語り伝えられる名場面。ソン・ガンホが“顔で語る俳優”であることを強く印象付けた。監督との現場については「いつも困惑させられる」と言いながら、それを楽しんでいるようだ。

仕事に精を出すほどに妻と娘から疎まれてしまう『優雅な世界』のイング
仕事に精を出すほどに妻と娘から疎まれてしまう『優雅な世界』のイング[c]Everett Collection/AFLO

ソン・ガンホの“顔”を印象的に映し出した作品としては『優雅な世界』(07/ハン・ジェリム監督)も心に残る。彼が演じたのは家族のために懸命に働く男イング。ただ、ヤクザ稼業のため世間からも家族からも理解は得られず、念願だった庭付き一戸建てを手に入れても、結局は妻子に去られて一人になってしまう。誰もいないガランとした部屋でラーメンをわびしく食べていたイングが急に器を壁に投げつけたかと思うと、こぼれた中身を手でかき集め、虚無や哀愁の漂う放心したような表情を見せる。言葉ではうまく言い表せない湧き上がる感情を、見事に表現してみせた最後のこのシーンは忘れ難い。この後監督とは時代劇『観相師 かんそうし』(13)、『非常宣言』(22)まで3作で組んでいる。

イ・ビョンホン、チョン・ウソンとの3大スター共演が実現した『GOOD BAD WEIRD グッド・バッド・ウィアード』
イ・ビョンホン、チョン・ウソンとの3大スター共演が実現した『GOOD BAD WEIRD グッド・バッド・ウィアード』[c]Everett Collection/AFLO

現段階でコンビ最多はキム・ジウン監督。1998年の『クワイエット・ファミリー』に始まり、前述の『反則王』、『GOOD BAD WEIRD グッド・バッド・ウィアード』(08)、『密偵』(16)、最新作『クモの巣(原題)』(23)まで5作品を数える。ソン・ガンホが監督の意表を突く発想を買っているというだけあり、一つとして同じような役柄はなく、作品ごとに異なる彼の魅力を引き出している。中でも『グッド〜』の“変な奴(=ウィアード)”テグは、彼でなければこれほどチャーミングには見えなかっただろうと思えるキャラクター。ひょうきんな振る舞いで善人にも見えながら、残虐な面も併せ持つ列車強盗の男は、確かに変な奴という形容がぴったりくる。


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