ANARCHY初監督作『WALKING MAN』やインド×ラップ映画『ガリーボーイ』など、今秋はラップ映画がアツい!
ここ数年のMCバトルの盛り上がりや、ヒップホップユニット「Creepy Nuts」のDJ松永がロンドンで開催されたDJ世界一を決めるイベントで見事優勝を果たし、それが大々的に報道されるなど、日本でもカルチャーとしてすっかり定着している“ヒップホップ”。
2000年代以降には、エミネム主演の映画『8Mile』(02)や入江悠監督の「SR サイタマノラッパー」シリーズ、さらに中東・パレスチナのヒップホップシーンを追ったドキュメンタリー映画『自由と壁とヒップホップ』(08)など、ヒップホップを題材にした映画が世界中で製作され、日本でも話題になった。そして19年秋、ヒップホップ映画が立て続けに劇場公開されている。
ANARCHYの楽曲にも通じるヒリヒリとした青春劇『WALKING MAN』
1本目は野村周平が主演を務めた『WALKING MAN』(公開中)。メガホンを取ったのは、本作で長編映画監督デビューを果たし、俳優としても「HiGH&LOW」シリーズなどに出演しているラッパーのANARCHYだ。ANARCHYは00年代以降の日本語ラップを語る上では欠かすことのできない存在で、少年時代を過ごした京都市向島団地での生活や自身の生い立ちをリアルにつづった1stアルバム「ROB THE WORLD」でシーンのど真ん中に躍り出ると、以降も様々なラッパーやアーティストとのコラボ等で活躍。14年には満を持してメジャーレーベルとの契約にサインをするなど、いまや多くのラッパーから羨望と尊敬の眼差しで見られるトップMCとして君臨している。
そんな彼がプライベートでも親交のある野村を主役に招いて完成させた長編映画は、川崎の工業地帯を舞台に、吃音症の少年・アトムがラッパーとしてステージに立つまでの姿を描いた青春映画だ。極貧生活の中でもがくアトムがラップという表現に出会い、自らの言葉を解放していく様にリアリティを与えているのは、ANARCHYの楽曲にも通じるヒリヒリとした緊張感が漂う日常の描写。ストーリーには監督自身が体験した実話も盛り込まれている。さらに石橋蓮司や渡辺真起子といった実力派の俳優陣と共にスクリーンに登場するのは、T-Pablow、WILYWNKA、じょうといった名うての若手ラッパーたち。彼らの存在が、映画に独特の生々しさを与えている。
インドのスラム街が舞台のサクセスストーリー『ガリーボーイ』
続いて、10月18日より公開中の『ガリーボーイ』も紹介したい。本作はインド・ムンバイを舞台にした青春サクセスストーリーで、インド最大のスラム街ダラヴィで生まれ育った青年ムラードが主人公。貧困と宗教的差別がある社会の中で、自分の未来を諦めていたムラードは、ラッパーとして活動していた大学生MCシェールとの出会いをきっかけに、ヒップホップにのめり込んでいく…。
インドを拠点に活躍する実在のアーティストNaezyの半生に着想を得ており、アメリカや日本とは違う社会背景の中で、ヒップホップやラップがインドの若者にどんな影響を及ぼしているかも丁寧に描かれていて興味深い。映画のプロデューサーとして、数々のアンセムを世に送り出してきたラッパーのNASが名を連ねているのも見逃せないポイントだ。
心に傷を抱えた少年が光を取り戻す『ビート -心を解き放て-』
最後に、今年8月からNetflixで配信中のアメリカ・シカゴを舞台したオリジナル映画『ビート -心を解き放て-』にも言及したい。こちらは心に傷を抱えた少年が、ヒップホップによって光を取り戻すヒューマンドラマなのだが、上記2作とは違い、ラッパーではなく楽曲を制作するトラックメイカーを主人公にしている。アメリカはシカゴのサウスサイドに暮らす少年オーガストは、自身の行動によって最愛の姉を死なせてしまい、自室に引きこもってしまう。姉の残した音楽機材を使っておもむろに楽曲を作り始めた彼は、たまたま彼の曲を聞いた、かつてミュージシャンのマネージャーをしていた男に音楽の才能を見出され、少しずつ外の世界へと踏み出していく。
楽曲制作を通して傷ついたオーガストの心が救われ、その姿が大きな感動を呼ぶ本作。また、パソコンやシンセサイザー、ドラムマシンといった機材も登場し、それらによって楽曲が生み出され、メロディーやリズムが刻まれる様子には、ヒップホップ好きはもちろん、音楽ファンなら思わず見入ってしまうはずだ。
様々な名作を生みだしてきたラップ映画。この秋に観られる最新映画で、その新しい歴史を体感しよう。
文/トライワークス