姿を消して教鞭を振るっていた?『名もなき生涯』の巨匠テレンス・マリックの謎多き人物像

コラム

姿を消して教鞭を振るっていた?『名もなき生涯』の巨匠テレンス・マリックの謎多き人物像

『天国の日々』(78)や『シン・レッド・ライン』(98)、『ツリー・オブ・ライフ』(11)などで世界中の称賛を得てきた巨匠、テレンス・マリック監督の最新作『名もなき生涯』が公開中だ。本作で初めて実話に挑戦した現在76歳のマリックだが、その輝かしいキャリアに反して、映画祭やメディアへの露出が極端に少ない謎多き人物でもある。

ナチスドイツに併合したオーストラリアを舞台に、自身の信念を貫いた農夫と家族の闘いを描く
ナチスドイツに併合したオーストラリアを舞台に、自身の信念を貫いた農夫と家族の闘いを描く[c]2019 Twentieth Century Fox

マリックと言えば、どのシーンも詩的で絵画のように完成された映像美で知られている。監督デビュー作『地獄の逃避行』(73)からその神秘的な映像と音楽で高評価を獲得、『シン・レッド・ライン』でベルリン国際映画祭金熊賞、『ツリー・オブ・ライフ』ではカンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受賞した。約半世紀のキャリアで監督作が11本と寡作だが、映画界の「生ける伝説」として称えられる人物だ。

【写真を見る】自然光や長回しを多用し、役者たちを自然の画の中に溶け込ませている
【写真を見る】自然光や長回しを多用し、役者たちを自然の画の中に溶け込ませている[c]2019 Twentieth Century Fox

20年間も教師をしていたミステリアスな人物像

ハーバード大学を首席で卒業し、マサチューセッツ工科大学で哲学を教えながら、フリーのジャーナリストとしてライフ誌などで執筆していたというキャリアも持つマリック。映画監督として大きな注目を集めたのが、監督2作目『天国の日々』で、米アカデミー賞の撮影賞やカンヌ国際映画祭の監督賞などに輝いた。当然次回作への期待もかかるところだが、いきなり映画界から姿を消してしまい、3作目『シン・レッド・ライン』を発表した際にはなんと20年もの月日が経っていたという…。

その空白の期間で彼は、アメリカからパリへ移住し、数本の脚本を執筆しながら教鞭を取っていたというから驚きだ。また、様々な受賞歴があるにもかかわらず、映画祭に出席することはなく、メディアのインタビューにほとんど答えない。彼独自の映像世界に加えて、そのミステリアスな人物像に惹かれる人も多い。

豊かな自然や畑に囲まれ、幸せに暮らすフランツとファニ
豊かな自然や畑に囲まれ、幸せに暮らすフランツとファニ[c]2019 Twentieth Century Fox

光や長回しを巧みに使った美しき映像世界

そんなマリックの最新作『名もなき生涯』は、第二次世界大戦中のオーストリアを舞台に、ヒトラーへの忠誠宣言を拒否して自身の信念に殉じた実在の農夫、フランツ・イェーガーシュテッターの生涯を描いた感動作。

『天国の日々』で、日が沈んでから完全に夜になるまでの黄昏時のタイミングで、人物が神秘的に浮かび上がる映像を効果的に取り入れ、「マジックアワー」「マジックタイム」という撮影用語を広めたマリックだが、本作にも光へのこだわりが強く感じられる。本作の撮影監督を務め、『ツリー・オブ・ライフ』などマリックとは何度も組んできたイェルク・ヴィトマーにより、自然光を活かした長回しの撮影を敢行。可能な限り照明をたかずに撮られた農村の風景は心打つほどに美しく、フランツが収監される監獄のセットでさえも、天候に問題なければ太陽光で撮り続けたという。

独房から差し込む光に何かを思うフランツ
独房から差し込む光に何かを思うフランツ[c]2019 Twentieth Century Fox

本作はカンヌ国際映画祭の初上映で大歓声が起き、「人間の内面を豊かに描いた作品」に贈られるエキュメニカル審査員賞を受賞した。「罪のない人を殺したくない」という当たり前の感情を持ち続けることさえ許されない戦時中、自分の信念を貫き通した一人の男とその家族の知られざる、まさに“名もなき生涯”が克明に描かれている。スクリーンで魂震えるストーリーと共にその映像美にも酔いしれてほしい。

文/トライワークス

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