全編“墨絵”のアニメーションで生まれ変わった傑作小説…『ヴィル・ヌーヴ』が創出する陰影に引き込まれる
多くの移民を受け入れ、英語とフランス語を中心に200語以上の言語を話す人がいると言われる多様性の国、カナダ。同地の文化的首都モントリオールより、全編が墨で描かれた独創性あふれるアニメーション映画が誕生した。『新しい街 ヴィル・ヌーヴ』(公開中)と名付けられたこの作品は、独立に向けた住民投票に沸き立つケベック州を舞台に、離婚した元夫婦の男女が理想と現実の間で揺れ動く姿を映しだしていく。豊かな表現力を持つフェリックス・デュフール=ラペリエール監督へのインタビューを通して、本作の魅力や巨匠監督の代表作との関連性に迫りたい。
傑作短編「シェフの家」からのインスピレーション
本作のベースになっているのは、日本では村上春樹による翻訳でも知られる短編小説の名手、レイモンド・カーヴァーの傑作「シェフの家」。過去に引きずられる男と未来に目を向ける女の再会と別れを描く20ページほどのシンプルな作品だが、ラペリエール監督は自身の故郷でもあるカナダのケベック州へ舞台を置き換え、1995年に実際に起きた独立を巡る住民選挙の歴史を物語に反映。成熟した男女のつながりを描きながら、自分たちの文化やアイデンティティを守ろうとする現代の世界情勢にも通じる寓話として作り上げた。
「レイモンド・カーヴァーの短編が大好きなんです」と開口一番に原作への思いを語るラペリエール監督は、「シェフの家」を題材にした理由をこう説明する。
「『シェフの家』がお気に入りなのもありますが、登場する2人のキャラクターがシンプルながら、アニメーションとして動かした時にとてもおもしろくなると思ったんです。一人は怒りを抱え、絶望的で悲観的だけど、いきいきとした男性。もう一人は、穏やかかつ明晰で、希望に満ちた女性です。そして、この女性は最初からうまくいかないとわかっていながら、あえて男性の誘いに応え、海辺の家へ行きます。2人の運命の絡み合いに好奇心をそそられました」
ケベック州が持つ逆説的な両義性と原作の世界観が共通
監督の言葉通り、物語は創作活動を辞めてしまった詩人のジョセフと、短編小説を発表したばかりで、未来をポジティブに捉えている彼の元妻エマ、2人の息子であるユリスを中心に展開する。独立運動には関心を示さず、つらい現実から逃げ続けるジョセフは、海沿いの街「ヴィル・ヌーヴ」へ向かい、友人から空き家を借りることにする。実はその家は、夫妻が蜜月の日々を過ごした思い出の場所で、ジョセフはエマに「もう一度、一緒に暮らさないか」と電話をするのだった。
英仏二言語が公用語のカナダにおいて、ケベック州の都市モントリオールはフランス語圏に属し、独自の文化を紡いできた。
「ケベックというのは非常に小さい“国”で、2回、住民たち自身で独立を試みようとして、2度とも自ら否決した歴史があります。普段の会話はフランス語で行い、生活水準も高いのですが、自分たちの政治的な自治は持っていませんし、英仏ともに公用語ですが英語を躊躇なく話す人も多い。非常に逆説的で両義性にあふれた場所であり、そこがダークなジョセフと希望を持ったエマの関係に似ていると思いました」と語るラペリエール監督。当地の特殊なバックグラウンドと原作の世界観に強い結びつきを感じていたようだ。