ミューズ、キム・ミニとの出会いで変化が…恋愛映画の旗手ホン・サンスを読み解く

コラム

ミューズ、キム・ミニとの出会いで変化が…恋愛映画の旗手ホン・サンスを読み解く

男女の他愛もない恋愛模様を、会話を中心とした演出と少人数のロケによって描くことから、フランスの巨匠、エリック・ロメールに喩えられることも多い韓国の映画監督、ホン・サンス。近年は、彼のミューズとなった『お嬢さん』(16)で知られるキム・ミニとのただならぬ関係がセンセーショナルな話題を振りまいている。そんなホンの作家性に迫る特集がザ・シネマメンバーズで展開中ということで、配信作品を中心にその魅力を紹介してみたい。

ホン・サンスにとってキム・ミニは、公私にわたってなくてはならないミューズとなった
ホン・サンスにとってキム・ミニは、公私にわたってなくてはならないミューズとなった写真:SPLASH/アフロ

フランスなどヨーロッパでの人気を確立したホン・サンス

韓国の大学で映画制作を学んだのち、アメリカ留学とフランス滞在を経て、作品の制作に着手したホン。長編デビュー作となった『豚が井戸に落ちた日』(96)でソウルの片隅に生きる男女4人の殺伐とした生き様を抑制されたタッチで描くと、批評家や映画祭でも絶賛され、一躍、気鋭の新進監督として注目を集めることに。その後も、『カンウォンドの恋』(98)がカンヌ国際映画祭のある視点部門でワールド・プレミア上映され、『女は男の未来だ』(04)と『映画館の恋』(05)も同映画祭コンペティション部門に続けて出品されるなど、ヨーロッパ、特にフランスでの人気を不動のものとしていく。

配信中のラインナップは『よく知りもしないくせに』(09)、『ハハハ』(10)、『教授とわたし、そして映画』(10)、『次の朝は他人』(11)、『正しい日 間違えた日』(15)、『夜の浜辺でひとり』(17)、『クレアのカメラ』(17)、『それから』(17)の8本。これらの作品は、上述のキムがホン作品に初出演した『正しい日 間違えた日』を中軸に「キム・ミニ/キム・ミニ以後」に分けられ、作風にも変化が生じている。

男女の他愛のない恋愛模様を描いてきたホン・サンス
男女の他愛のない恋愛模様を描いてきたホン・サンス写真:SPLASH/アフロ

男女の恋愛を引いた視点で捉える独特な世界観

ホン作品の多くに共通しているのが、主人公がどこか冴えない映画監督で、映画祭に呼ばれるなど様々な理由でとある場所を訪れ、そこで一人の女性と出会い、恋が生まれるという物語。ドキュメンタリーのような引いた視点や時折入るズームが特徴で、俳優とのコミュニケーションを重ねることで登場人物のキャラクターを構築し、シナリオも当日の朝など撮影直前に書いてしまうという。そこから生まれる会話劇は“自然”という言葉がぴったりで、おかしくもあり、痛々しい言動をしてしまう主人公たちの姿にいたたまれない気持ちにもさせられる。

優柔不断な男の悲喜劇を軽妙に綴る『よく知りもしないくせに』
優柔不断な男の悲喜劇を軽妙に綴る『よく知りもしないくせに』[c]2009 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

モノローグが入り、男性目線で物語は進行するものの、『正しい日 間違えた日』を含む“以前”の作品でホンがいるのは、男女の恋愛を覗き見しているような客観的な立ち位置。しかし、“以後”の作品では、作品からモノローグは消え、キムの魅力をより際立たせた、等身大の現代女性の姿を映したような作風にシフトし、彼のパーソナルな要素も加えられていく。

2人の男の“ひと夏の想い出”が思いがけず交わる『ハハハ』
2人の男の“ひと夏の想い出”が思いがけず交わる『ハハハ』[c] 2010 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

ミューズ、キム・ミニの魅力があふれる“以後”の作品たち

『夜の浜辺でひとり』では、妻子ある映画監督と不倫関係に陥った女優をキムが演じており、将来に悩み、キャリアを捨ててドイツへ移り自身と向き合うなど、微妙な心の揺れ動きを繊細に表現。モノクロ映像が美しい『それから』ではある出版社に勤務することになった女性に扮し、そこの社長と妻、不倫相手とのいざこざに巻き込まれてしまうも、どこか達観した視点を持ち、理不尽な目に遭っても動じない彼女の姿が印象的だった。前者では、第67回ベルリン国際映画祭主演女優に輝くなど、その演技も高く評価されている。このほか、第69回カンヌ国際映画祭にホンらが参加し、その期間を利用して数日間で撮られたという『クレアのカメラ』(17)では、キムとフランスの大女優、イザベル・ユペールが共演し、ユーモアあふれるかけ合いも披露されている。

キム・ミニが第67回ベルリン国際映画祭主演女優を受賞した『夜の浜辺でひとり』
キム・ミニが第67回ベルリン国際映画祭主演女優を受賞した『夜の浜辺でひとり』[c] 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

上記のキムの出演作はいずれも不倫がかかわってくるが、冒頭でも少し触れたように、妻子あるホンは実生活でも彼女との交際関係に発展してしまう。本国韓国で大バッシングを受けることになるが、第70回カンヌ国際映画祭で『それから』が上映された際には、公式の記者会見で彼女への愛を公言するなど、その強い気持ちは揺るがないようだ。そして、演出や世界観に大きな変化はないが、キムへの複雑な想いが作品に込められ、自分たちの境遇を反映したようなストーリーには、生々しさも感じられるようになった。

モノクロ映像が美しい『それから』
モノクロ映像が美しい『それから』[c] 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

転機となる『正しい日 間違えた日』では、妻子ある主人公が、出会った女性(キム)に芽生えた恋心を泣きながらに吐露する場面があり、そのキャラクターを地で行っている感もあるホン・サンス。彼が手がける独特な雰囲気を味わいながら、作風の変化にも注目してみてほしい。

文/平尾嘉浩(トライワークス)

■ザ・シネマ メンバーズ
<韓国のエリック・ロメール!?: 監督ホン・サンス>
https://members.thecinema.jp/video_list/line-1597969907121

ラインナップ8作品(配信中)
『よく知りもしないくせに』(09)
『ハハハ』(10)
『教授とわたし、そして映画』(10)
『次の朝は他人』(11)
『正しい日 間違えた日』(15)
『夜の浜辺でひとり』(17)
『クレアのカメラ』(17)
『それから』(17)

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