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人の“つらさ”に寄り添い続けた歌人の遺した想いを精神科医が『滑走路』から読み解く!

コラム 2020/11/23 8:30

人の“つらさ”に寄り添い続けた歌人の遺した想いを精神科医が『滑走路』から読み解く!

いじめや非正規雇用といった自身の経験をもとにした短歌を発表し、32歳で突然この世を去った歌人、萩原慎一郎の歌集をモチーフにした映画『滑走路』が11月20日(金)より公開となる。本作は、厚生労働省の官僚として仕事に追われる鷹野(浅香航大)、いじめの標的となってしまう中学生の学級委員長(寄川歌太)、妊娠に無責任な夫との関係に悩む、切り絵作家の翠(水川あさみ)という、世代も境遇も異なる3人のエピソードを軸に、彼らの人生が“ある青年の死”を巡り交差していく様を通して、現代を生きる誰もが抱える不安や葛藤、そして希望を描きだしていく。

今回、精神科医として日々診療を行いながら、音楽家、コラムニストとしても活躍中の星野概念がコラムを寄稿。いじめや非正規雇用、過労、自死など、現代の日本が抱える様々な問題を扱った『滑走路』をより深く理解するために、我々が知っておくべきポイントについて、綴ってもらった。

気持ちのつらさは十人十色

【写真を見る】突然この世を去った歌人、萩原慎一郎の想いを精神科医の星野概念が読み解く!
【写真を見る】突然この世を去った歌人、萩原慎一郎の想いを精神科医の星野概念が読み解く![c]2020「滑走路」製作委員会

僕は病院に勤務する精神科医です。従事している現場はいくつかあります。院内での主な仕事はまず、外来診療。悩みやつらさを抱えて精神科に通院する人たちの担当医として定期的に会って、話をしたり、薬の相談をしたりします。ほかに院内で担っているのは、救命救急センターでの仕事です。救命救急センターは基本的には“救命”をする場所なので、内科や外科など、身体診療の専門家たちの主戦場です。でもなかには、いろいろな理由で精神的につらくなり、自分から命の危機に歩み寄らざるを得なくなった人が救急車に乗せられて救急センターに運ばれて来ることもあります。それから、院外に訪問診療に行くこともしています。辛くて通院が必要だけど、何かしらの理由で外に出られず、こもりがちに生活する人に会いに行くのです。

このように、僕は日々いろいろな場所で、いろいろな人に会うわけですが、気持ちのつらさはまさに十人十色で、同じつらさは恐らく1つもありません。それだけに、そのつらさを理解しようとして懸命に話を聞いてもなかなか前に進めず、時間がかかることも少なくない。“診療”の名のもとに、すぐにできる助けなんてほとんどなくて、途方に暮れそうになることも多いです。なぜこの人がこのような目に合わないといけなかったのか、なぜ社会の仕組みは弱い人に対してこんなにも冷たいのか、精神科での診療だけでは解決の糸口が見だせない問題があまりにも多いと感じ、落ち込む日もあります。

たまたま躓き、悪循環から逃れられない人々を描いた『滑走路』

労働省の官僚として仕事に追われる鷹野と精神科医が話すシーンも
労働省の官僚として仕事に追われる鷹野と精神科医が話すシーンも[c]2020「滑走路」製作委員会

映画『滑走路』には、そんな社会の谷間のような場所で“たまたま躓き”、ぐるぐるとした悪循環から逃れられないつらさを抱えた人が多く出てきます。その躓きのほとんどが、自分ではどうにもできないが故に、自分で解決することも難しいのです。登場人物のなかで、明らかに精神科医との関わりを持っているのは官僚として激務をこなす鷹野だけですが、晴れやかな表情をしている人はほとんどおらず、「とても大変そうなので一度話をしに来ませんか」と声をかけたくなる人ばかりで、観ていて胸がソワソワしました。

本作のなかで、とてつもないつらさ原因の一つとして描かれるのが “いじめ”です。僕も小学生のころは、きっと多くの人が経験したことがある程度で、一定期間みんなから無視をされたり、身に覚えのない否定的な物言いをされたりした経験があります。いま思えばそれは“持ち回り”のようなもので、社会人になる過程で大きな影響を及ぼすような強度のものではありませんでした。でも、そのことを思いだすとまだ、身体がキュッと縮こまるような感覚にはなります。自分ではどうにもできない、よくわからない理由で人から否定されるというのは、何年も前のとても小さな経験であったとしても、完全には消えない傷を心に作ります。これが、明らかに“いじめ”と定義できるようなものであれば、その傷の深さ、つらさははかり知れず、人生を左右し得るものになるのです。

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