『翔んで埼玉』脚本家・徳永友一が“脚本家”のリアルを描きだす!第1回「夢追い人」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】

コラム

『翔んで埼玉』脚本家・徳永友一が“脚本家”のリアルを描きだす!第1回「夢追い人」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】

翔んで埼玉』『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~』(ともに19)の脚本家・徳永友一が初めて手掛けるオリジナル小説として、「DVD&動画配信でーた WEB」特別連載がスタート!脚本家を目指す中年男・吉野純一、若手脚本家として闘う男・宮間竜介、2人を巧みに操る男・滝口康平、3人の男のリアリティドラマが始まる――。最後に物語の主役を勝ち取るのは誰だ!?

第1回「夢追い人 吉野編」

 暗黒の海。それを崖の上から見下ろしている男の背中がある。吉野純一だ。よく見ると右手にナイフを持っている。ナイフから滴り落ちる血。
とその時、ナイフを手にしたまま海へと飛び込んだ!海中に青く差し込む月明かり。その中、吉野が暗闇へと沈んで行く――。

 こんなエンディングを迎えることになるなんて……。これはまるで俺の伝記映画だ。悲劇、いや、喜劇の物語。こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃ……

吉野純一という男
吉野純一という男イラスト/浅妻健司

――半年前。
「え?これってコメディだったんですか?」

 坂口亜紀がそう声をあげた。年齢は20代半ばのはずだが、見た目が地味なせいか40代の女性に見える。ここは六本木にある脚本家スクールの一室だ。教室には15人ほどの男女が座っている。生徒の年齢は20代から50代までバラバラで、どちらかと言うと控え目な人たちの集まりだ。かく言う俺も43歳、中肉中背の完全なるおっさんなわけだが……。
 授業はゼミ形式。400字詰め原稿用紙3ページ以内でショートシナリオを書き、それを集まった生徒たちで回し読みして批評しあう。今は俺の作品を批評する時間だった。

「そうだけど。それが何か?」

「え?全然笑えませんでした。どっか笑えるとこありました?」

「いや、例えば主人公が告白した時、ヒロインの深雪から“ありよりのなし”とか言われて、主人公が“あり”なのか“なし”なのかよくわからなくなるとことか……」

「ああ、あれですか。無理に若者言葉使ってるのが逆に痛々しく感じちゃいましたけど」
 
 は?こっちが下手に出てりゃ何だその言い草は!?だいたい、見た目40オーバーのお前に言われたくねえよ!と思うもグッと気持ちを押さえる。だが、坂口亜紀は手を緩めては来ない。

「それに登場人物がみんな古いっていうか」

「古い……。そうかな」

「キャラに一貫性がないっていうか」

「でも、人間ってそういうとこあるでしょ?こうしよう!と思っても、すぐまた違うことしちゃったりとかさ」

「現実はそうかもしれないですけど、この短いシナリオであちこち感情が飛ぶと情緒不安定なのかなって思っちゃいません?」

「まあ、そうとらえる人もいなくはないかもね。“なしよりのあり”みたいな?」
 
 教室内が静まり返る。は?何で誰も笑わないんだよ!?ヒートアップした議論を軽い冗談で鎮めようとしてやったのに。

「私からは以上です」

 坂口亜紀は冷たいトーンでそう言い放つと会話を強制終了させた。
 クソッ……。20近くも歳が離れた小娘にボロクソ言われるこの屈辱。しかも自分が面白いと思った作品をボロカス言われるのは、まるで自己否定されている気持ちになる。“お前の恋愛は古い。お前のギャグは笑えない。つまらない人間なんだ”と。
 それからも立て続けに、生徒たちによる批評は続いた。

「主人公がヒロインのどこを好きになったのかわかりませんでした」

「何を描きたかったのかよくわからなかったです」

「ストーリーにひねりがなくて先が読めました」

 辛辣な批評ばかりが続き、言われたことのほとんどは耳に入って来なかった。そもそも、こんな凡人たちに俺の作品の良さがわかるはずなどない。聞くだけ無駄だ。
 そんなやり取りを一角で黙って聞いているのは、現役の脚本家であり講師の宮間竜介だ。歳は28歳。3年前にテレビ局主催のシナリオコンクールで大賞を受賞してから、瞬く間にオファーが絶えない売れっ子となり、今最も勢いのある脚本家と言われている。生徒たちの批評が終わると最後は宮間先生が総括する。

「確かにみんなが指摘した通り課題点は多いとは思いますが、僕はこれがコメディになっていると思うし、“ありよりのなし”の下りとか笑えましたけどね」

 ほら来た!これだよ、これ!宮間先生はいつも俺の作品を的確に評価してくれる。

「吉野さんの作品には、いつも“今”っぽいワードとかネタが入っているのがいいですよね。やっぱりテレビドラマって“今”を描くものなので、意識的に“今”を取り入れて行かないとダメで、そこはみんな見習った方がいいと思います」

 途端に生徒たちが頷き始める。散々な批評をしてきたあの坂口亜紀までもが、宮間先生をウットリと見つめながら大きく頷いている。は?お前笑えないって言ってたよな!?

「では、今日のゼミはこれで終わりです。皆さん、お疲れ様でした」

 宮間先生がそう口にすると、みんなが帰り支度を始める。

「吉野さん、この後少しだけ話せますか?」

「え?あ、はい」

 宮間先生からゼミ後に声をかけられたのは初めてだった。一斉に生徒たちの視線を受けて、少しだけ優越感を覚えた。

(つづく)

徳永友一コメント

徳永友一
徳永友一ムービーウォーカー編集部

「脚本家になって15年。さらに成長するために、連載小説を書いてみたいと思い立ちました。小説と呼ぶには拙すぎて恥ずかしい限りですが、目にした読者のみなさんが少しでも楽しんでいただけるよう願っております」

■徳永友一 プロフィール
1976年生まれ、神奈川県出身。TVドラマ「僕たちがやりました」(17)、「海月姫」(18)、「グッド・ドクター」(18)、「ルパンの娘」シリーズを手掛け、映画『翔んで埼玉』(19)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞。『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル』(8月20日公開)、映画版『ルパンの娘』(2021年公開)が待機中。

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