“早世の音楽家”ヨハン・ヨハンソン。その功績に映画音楽から迫る
『プリズナーズ』や『ボーダーライン』、『メッセージ』でドゥニ・ヴィルヌーヴとタッグ!
そんなヨハンソンの映画音楽におけるキャリアを語るうえで外せないのは、いまやハリウッドのもっとも重要な監督の一人となったドゥニ・ヴィルヌーヴとのタッグだろう。ヒュー・ジャックマン&ジェイク・ギレンホール共演のサスペンス『プリズナーズ』(13)に始まり、『ボーダーライン』、『メッセージ』と立て続けに楽曲を提供してきた。とりわけ、『ボーダーライン』と『メッセージ』におけるヨハンソンのアプローチは実験的で、彼の音楽性の豊かさを感じることができる。
米国の特別捜査チームとメキシコの麻薬カルテルとの戦いを描く『ボーダーライン』にヨハンソンが感じたのは、野獣(=軍用車両や武装警官、密売人、ギャング)の鼓動と国境地帯に漂う哀愁。DVDの特典として収録されているメイキング映像によると、地面の奥底から徐々に迫ってくるような独特なリズムは、多重録音したチェロのメロディをバックに、オーケストラやパイプオルガンによるドローン(音高の変化がなく長く持続する音)をいくつも重ねて表現。シンプルながら複雑な音楽を作りだし、『ジョーズ』(77)の楽曲を思わせる恐怖と緊張感を観客に感じさせることに成功している。
一方の『メッセージ』は地球に襲来した異星人と言語学者との交流が軸となるSFストーリー。製作序盤から作品に携わり、脚本や美術、ロゴグラムのデザインにインスピレーションを受けたヨハンソンは、「(異星人が使う)円形の文字を見て、時が循環するイメージが湧いた」とメイキング映像で語っている。それが楽曲制作にも反映され、16トラックのテープループ装置に、ピアノの鍵盤を叩いたあとの響き続ける音を、いろんな音階やビートで何層にも録音する方法を実施。さらに、本作ではボーカルも導入し、スピードの異なる声を何度も録音して重ねることで、“始まりも終わりもない”という作品のテーマに寄り添ったサウンドを作っていったそう。
ちなみに、本作の冒頭などで流れ、メインテーマのように使用されている「オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト」はヨハンソンの楽曲ではなく、友人であるリヒターの代表曲。ヴィルヌーヴが編集前の映像に仮でつけていたこの曲が、作品の世界観にマッチしていると感じたヨハンソンがそのまま使用することを薦めたそうで、自身の音楽よりも作品にとってなにがベストかを優先する懐の深さも知ることができる。
実は『ブレードランナー 2049』(17)にもヨハンソンは参加していたのだが、音楽の方向性でヴィルヌーヴと意見が分かれたため製作途中で降板。結果的に『メッセージ』がヴィルヌーヴとの最後のタッグとなった。彼のあとを引き継いだ巨匠ハンス・ジマーとベンジャミン・ウォルフィッシュによる劇伴もすばらしかったが、ヨハンソンによる楽曲で彩られた『ブレードランナー』の世界を観てみたかったと思ったファンも多いに違いない。
このほか、コリン・ファース主演の伝記映画『喜望峰の風に乗せて』(17)やニコラス・ケイジがカルト集団に復讐を誓う男を演じたバイオレンス・アクション『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』(17)といった作品に参加。ダーレン・アロノフスキー監督のスリラー『マザー!』(17)では、1年以上にわたる作業を経て実際に楽曲も制作したのだが、この作品に劇伴は必要ないと考えたヨハンソン自らの判断で辞退。音楽と音響コンサルタントとしてクレジットされている。
ヨハンソンに師事していた『ジョーカー』のヒドゥル・グドナドッティル
ヨハンソンと関係の深い人物としては、弟子であるチェリストのヒドゥル・グドナドッティルの存在も忘れてはいけない。前述のムームのメンバーでもあるグドナドッティルは、『プリズナーズ』や『ボーダーライン』、『メッセージ』にも参加し、ルーニー・マーラが聖女マグダラのマリアを演じた『マグダラのマリア』(18)ではヨハンソンとの共作で楽曲を制作。その後、他界した師に代わって『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』(18)の音楽を担当すると、HBOのミニドラマシリーズ「チェルノブイリ」や『ジョーカー』(19)の劇伴も手がけ、後者では第77回ゴールデングローブ賞と第92回アカデミー賞の作曲賞を受賞した(アカデミー賞の同部門で女性が受賞するのは史上4人目)。