アニメ評論家・藤津亮太が映画『鹿の王』監督・安藤雅司の才能を徹底解説!「地に足のついたアニメーション表現が秀逸」
「作品にすごく誠実に向き合っていると感じました」
数々の作品で力を発揮してきた安藤監督が初めて監督として挑んだ『鹿の王 ユナと約束の旅』。藤津は本作について「安藤監督の“誠実さ”を感じる」と評した。
「原作は未読なのですが、複雑なテーマで要素がとにかく多いであろうと推察される作品にすごく誠実に向き合っていると感じました。いま生きている我々と密接な関係にある普遍的なテーマを真面目に誠実に描こうとしている。キャラクター、一人一人をまっすぐ描こうとしているから、表情や目線の意味などキャラクターの演技力が非常に高い。一つ一つの動作もすごく丁寧でリアルなので、すごく安藤さんの個性が発揮された作品だと思います」
「半径5m、広くても半径50mくらいの題材を取り扱った安藤監督作品を一度観てみたい」
また、藤津が特に注目したポイントを2つ紹介してくれた。一つは“ヴァンとユナが村で暮らす”シーン。そしてもう一つは“動物の表現”だ。まず物語の前半に登場する“ヴァンとユナが村で暮らす”シーンは、ヴァンとユナが身を置く村の人々の暮らしがとても丁寧に描かれている。作中で最も生活感があふれる“日常的”なシーンでもある。
「安藤監督はスタジオジブリ出身であることから“日常”を描くのが非常に得意な方だと思っています。なので、これは僕の想像でしかないのですが、あのシーンは安藤監督が一番描きたかったところなのではないかと思いました」
劇中では、村人たちが牧畜や農業を行う日々の営みもしっかりと描写されており、短い時間ながら、そこで何世代にもわたって人々が生活していることを感じさせる。また、ヴァンとユナが世話になる一家と夕食を囲むシーンでは、料理を口へ運ぶ何気ない動作が丁寧に描かれているだけでなく、眠くなったユナがヴァンのひざ上へのぼる姿も映しだされるなど、そのほのぼのとした様子に、自然と温かな気持ちにさせられてしまう。
もう一つの注目ポイントである“動物の表現”は、人間同様にそのリアリティあふれる描写だ。本作はタイトルにもある“鹿”に加え、オオカミやウマなど4本足の動物が非常に多く登場する。動物たちが走るシーンでは、カメラワークが望遠になっており、足元まで誤魔化すことなく動きを描いている。本来はかなり難しい動物たちの表現であるが、「『鹿の王』とタイトルに掲げている以上、絶対に逃げてはいけない」という覚悟を感じたそうだ。藤津は加えて「安藤監督ご本人に『もののけ姫』での作画監督の経験が活かされているのか、お伺いしたいところです」と微笑みながら語った。
最後に、今後の安藤監督に期待していることを藤津に聞くと、「“日常”を題材にした作品が観てみたい」と答えてくれた。
「以前、安藤監督が作画監督とキャラクターデザインを務めた『ももへの手紙』(12)でも思ったのですが、普通の生活描写がとにかく自然なんです。日常描写をアニメで見せるのはすごくハードルが高いのですが、『鹿の王』での村のシーンを見ても日常をおろそかに描かない姿勢を感じました。なので、日常のなかの半径5m、広くても半径50mくらいの題材を取り扱った安藤監督作品を一度観てみたいなと思います」
取材・文/阿部裕華