黒沢清がひも解く、スティーヴン・スピルバーグのキャリア「いつまでも“巨匠”にならないことが最大の魅力」
ハリウッド随一のヒットメーカーとして、半世紀にもわたり映画界のトップを走り続けるスティーヴン・スピルバーグ監督。1974年に『続・激突!カージャック』で劇場用監督デビューを飾ると、いきなり第27回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞。その後も「インディ・ジョーンズ」や「ジュラシック・パーク」といった大ヒットシリーズを手掛けつつ、アカデミー監督賞を2度受賞するなど観客はもちろん、多くの映画人をも虜にしてきた。2022年は、そのキャリアのなかでも一際大きな成功を収めた『E.T.』(82)の、40周年記念イヤーでもある。
日本映画界を代表する 映画人の一人である黒沢清監督も、スピルバーグ作品から様々な影響を受けてきた。”黒沢清節”とも表される、感傷的な心理描写を排した演出方法で、『CURE』(97)以来、国内外で評価を受ける作品を次々に発表。また濱口竜介監督などを輩出した東京芸術大学大学院映像研究科の教授を務め、映像教育や後進の指導にも携わっている。
このたびMOVIE WALKER PRESSでは、黒沢監督に単独インタビューを実施。映画監督として、そして一人の映画ファンとして見てきたスピルバーグ監督のキャリアを振り返りながら、その魅力と決して真似できない才能についてじっくりと語ってもらった。果たして日本映画界の名匠は、スピルバーグ監督をどのように見ているのだろうか。
「編集に頼らない”決定的なショットを撮ること”こそ、スピルバーグ監督の才能」
娯楽性の高い大作映画から静謐なドラマに至るまで、既存の枠にとらわれないスピルバーグ監督作品。ほかの監督にはない圧倒的な魅力と引力は“スピルバーグ印”と呼ばれることも少なくないが、黒沢監督が考えるスピルバーグ監督の個性は具体的になんなのだろうか?黒沢監督いわく、「ある決定的な瞬間に、決定的なカットを撮ることではないでしょうか」との答えが返ってきた。
「例えば、手前と奥の関係がはっきりとわかる瞬間を撮れることです。その典型として挙げられるのは、『E.T.』での月をバックに飛ぶシーンです。月があり、自転車で飛んでいる。この両者を編集でそれぞれ見せることはできますが、月と観客の間を主人公たちが自転車で飛んでいくというのは撮影するだけでも大変なことですし、なかなか思い浮かぶものでもない。ほかにもロサンゼルスの夜景の前に鍵をぶら下げた男が入ってきたり、飛び立つUFOの手前にE.T.の手が入ってきたり、パトカーの前を少年たちが乗った自転車が何台も降りてきたり…」と、代表作である『E.T.』のなかに数多くの“スピルバーグらしさ”があふれていることを明かす。
さらにその“らしさ”は、スピルバーグ監督の長編デビュー作となった『激突!』(71)にもすでに表れていたという。「ガソリンスタンドのシーンで、主人公の乗った車の横にずっと追いかけてきていたトレーラーが停車し、その運転手の顔がいまにも見えそうなアングルになります。だけど主人公が見ようとした瞬間、窓ガラスに水がかかり洗われて、見えなくなってしまう。『ジョーズ』で船の縁にいる主人公のすぐ下にサメが出現するところもそうでした。こうした編集に頼らずに決定的なショットを撮ることができる演出力こそ、まさにスピルバーグ監督ならではの才能ではないでしょうか。なかなか真似しようと思ってもうまくできないものです」。
現代のエンタテインメントの源流とも言われ、その普遍性ゆえに個性を掴みにくいスピルバーグ作品について分析を進める黒沢監督に、スピルバーグ監督作品から5本を選んでもらった。「どうしても絞りきれない」と苦笑しながらも、次々と作品を並べてくれた。