阿部サダヲの凄みに迫る!ハイテンション芸、ヤサ男、闇を抱える殺人犯…『アイ・アム まきもと』へと続く“振り幅”
周囲の好奇の目も気にせず、「亡くなった人の想い」を大切にする牧本壮という男の生き方
そんな阿部の卓越した表現力と持ち味がいっぱい詰まっているのが『アイ・アム まきもと』だ。彼が演じる牧本壮は、孤独死した方の無縁墓地への埋葬の手配をする市役所の「おみおくり係」に勤務する48歳の独身男性。
牧本はたとえ遺族が望んでいなくても自費で葬儀を執り行い、納得がいくまで参列者を捜索し、「遺族が引き取りに来るかもしれないから」と期待して納骨をせずにデスクの下に遺骨を保管し続けたまま日々の仕事を粛々とこなしている。しかし合理化を図る新任の市民福祉局局長の判断によって「おみおくり係」は廃止が決定。牧本は“最後のおみおくり”として、自身が住む市営団地の向かいの棟の部屋で孤独死しているところを発見された蕪木孝一郎(宇崎竜童)の遺族を捜そうとする。
牧本がそこまで遺族や葬儀にこだわるのは、「亡くなった人の想い」を大切にしたいからだ。彼は頑固で空気が読めない男だが、行きすぎた行動で相手を当惑させてしまった時には、ジェスチャーを交えて「まきもと、いま、こうなってました~」と視野が狭くなっていたことを自ら正す。自分のルールで決めたことを突き進むながらにも、蕪木と別れた妻の間に生まれた娘の塔子(満島ひかり)が最後の肉親を亡くして悲しんでいる時には、「その気持ちは私にもわかります」と寄り添う姿勢を見せてもいる。
阿部はそんな牧本のKYぶりを計算しつくした独特の“間”でユーモアに変え、頑固さをひたむきさに昇華させて、不器用ながら温かい心を持った“まきもと”という人物を強く印象づけることに成功している。まさに、これまで様々な“変わり者”たちを魅力的に表現してきた阿部の真骨頂と言えるだろう。
牧本は、無責任で喧嘩っ早いと誤解されていた蕪木の遺族調査を進めていくが、彼の一生懸命さが接した人々の心に変化をもたらし、牧本自身にも少しずつ変化が生まれる。周囲を困惑させた先に待ち受ける、“最後のおみおくり”が起こす奇跡に感動することだろう。人と人との接点が希薄になっている現代だからこそ、なお心に染みる奇跡に癒され、そして笑いつつ感動に浸ってほしい。
文/足立美由紀