観客の“選択”で主人公の人生が変化!『僕愛』『君愛』がもたらす、新たな映画体験とは?
『僕愛』から観るか、『君愛』から観るか。その選択でラストが変わる
観る順番によって、それぞれの作品の捉え方はもちろんのこと、結末の印象さえも変わってしまう。まるで「スター・ウォーズ」を公開順に観るか、物語の時系列で観るかという定番の議論を想起させるような楽しみ方が、本作にはある。
つまり劇中の暦と同様“どちらの道を選ぶか”という選択をする時点から、この『僕愛/君愛』の映画体験は始まっている。それだけに、ディスクをプレイヤーに入れて再生ボタンを押す直前まで何度も悩むことができるBlu-ray&DVDでの鑑賞は、本作に打ってつけといえるのではないだろうか。
冒頭で述べた通り、『僕愛』と『君愛』はそれぞれ独立した作品としても観ることができる。『僕愛』だけで観れば、“並行世界”というSF要素が適度にスパイスの役割を果たした、一人の男性の人生の年代記となる。少年時代に体験する身内の死と、その直後に起こる不思議な体験。ミステリアスな同級生と出会い、彼女と関わりを深め家族を持ち、ある事件によって何かが変わろうとする青年期。そして自らの死期を悟り、蓄積された記憶の朧げさと“並行世界”に存在する同じ自分の思い出が絡み合う壮年期。
対して『君愛』においては、両親が離婚したという同じ苦悩を抱えた少女との出会いによって始まる、時空を超えた切ない初恋譚のような印象を保ち続ける。とりわけ“虚質”や“パラレルシフト”といった難解な専門用語などが飛び交うSFらしさは両作に共通し、描写やセリフなどで随所に伏線となるものが散りばめられていながらも、その根底にあるのはシンプルなラブストーリーにほかならない。
数十年にわたる家族の歴史という縦軸が物語の要となる『僕愛』と、いくつもの並行世界をまたいで主人公の初恋をめぐる冒険が繰り広げられる極私的な横軸に重きを置いた『君愛』。同じ主人公を原点に据えながらも、進むベクトルの違いでここまで異なる世界が見えるというのは、映画の新たな発見ではないか。ちなみに筆者は『僕愛』→『君愛』の順番で観て、その後もう一度『僕愛』を観るという道を選択した。『僕愛』一つとっても、『君愛』を“知らない”一度目と“知っている”二度目では、また異なる味わいがある。さながら3本の異なる映画を観たような気分にさせられた。
老舗アニメスタジオが競作!須田景凪&Saucy Dogの主題歌が涙を誘う
ストーリーの並行関係のみならず、それぞれの作品の制作陣が異なっている点もかなり挑戦的だ。『僕愛』のアニメーション制作はタツノコプロが2019年に創設したレーベル“BAKKEN RECORD”で、メガホンをとったのは松本淳監督。一方、『君愛』の方は「名探偵コナン」などを手掛けてきたトムス・エンタテインメントで、メガホンをとったのはカサヰケンイチ監督。どちらも『かぐや姫の物語』(13)などを手掛けた坂口理子が脚本を務めており、長年にわたってアニメ界を牽引してきたスタッフだからこそ、この卓越した連動が実現したといえよう。
また主題歌も、『僕愛』はボカロPのバルーンとしても知られ、若者から絶大な支持を集める須田景凪が歌う「雲を恋う」、『君愛』は「シンデレラボーイ」で大ブレイクを果たしたSaucy Dogの「紫苑」と、気鋭のミュージシャンが手掛けているのも注目すべきポイント。それぞれの物語とリンクする歌詞も相まって涙を誘い、『僕愛』『君愛』という“並行世界”を行き来する感覚をより忘れがたい体験へと昇華させてくれるはずだ。