鼻水を流す闘士、マジギレ運転手、毒盛る大富豪…“感情の俳優”ラッセル・クロウが最新作で見せた“ポーカー・フェイス”な演技
誰もが名優と認める俳優ラッセル・クロウ。彼にとって監督第2作となるミステリー・サスペンス『ポーカー・フェイス/裏切りのカード』が3月1日(金)より公開される。監督に加え脚本に主演と三役を兼ねた意欲作で、ここでクロウが演じるのは謎を秘めた億万長者のジェイク。これまでと違う一面を見せてくれる。
というのも、ラッセル・クロウは感情の俳優だ。実はプライベートでも感受の起伏の激しい性格と言われ、少々強面の風貌のせいもあるが、圧倒的な表情で観る者に迫ってくる。だがそれだけではない。抑えた芝居の時でも眼の奥で、その人物の心情を訴えかけてくる。『グラディエーター』(00)の勇壮果敢な剣闘士マキシマスや『アオラレ』(20)のサイコな運転手クーパーでも、それとは真逆のキャラクターである『ヴァチカンのエクソシスト』(23)の敬虔な神父アモルトでも同じで、演じている人物の感情をこちらにぶつけてくるのだ。これまでラッセル・クロウが演じてきたキャラクターを振り返ると共に『ポーカー・フェイス/裏切りのカード』で挑んだ新たな役柄に迫る。
職務と自身の正義を貫く刑事魂
ラッセル・クロウが一躍注目されたのがジェームズ・エルロイのベストセラー小説をカーティス・ハンソンが監督した『L.A.コンフィデンシャル』(97)。1950年代のマフィアが血の抗争を繰り広げていたロサンゼルスを舞台に、コーヒーショップで客と店員が皆殺しにされる残忍な事件が起こり、腐敗した警察のなかでそれぞれの正義を貫く若き2人の刑事が事件の真相に迫っていく。
クロウが演じているのは上司や同僚にも信頼されている熱血漢の刑事バド。正義感のある男だが、あるトラウマによって女性を虐げたり暴力を振るう男を見ると自分を抑えられなくなり、暴力でねじ伏せてしまうという厄介な性格を持っている。女性に見せる優しい表情から狂気の眼差しで暴力夫を殴りつけるなど一瞬の感情の爆発が見事。それなのに自分を裏切った最愛の女性を思わず殴ってしまい後悔するという、アンビバレントな一面が観る者の心を揺さぶる。
クロウは『アメリカン・ギャングスター』(07)でも腐敗しきったニューヨーク市警で悪に染まらず、同僚から煙たがられる正義感の刑事リッチーを演じている。その実直さから特別麻薬取締局にスカウトされ、巨大麻薬組織に挑む。一切の賄賂を受けとらないまじめな刑事なのに、プライベートではどうしょうもないダメ男という二面性のある人物を演じきった。クロウは1本の作品中でもいろんな表情や感情を見せる。
大きな権力に立ち向かう男の妻と息子への愛
ラッセル・クロウといえば、多くのファンはアカデミー主演男優賞を受賞した、リドリー・スコット監督作『グラディエーター』のマキシマスを思い浮かべるに違いない。ローマ帝国時代、皇子コモドゥス(ホアキン・フェニックス)の陰謀により最愛の妻と息子を殺され、奴隷に身を落としたマキシマスはコロッセウムで行なわれる格闘大会に出場する人気剣闘士となり、コモドゥスに近づいていく。
本作でクロウは冒頭の将軍としての凛々しい姿から、見も心もズタズタになった奴隷、最後は猛々しい剣闘士まで変貌していく姿を見せる。だが迫力ある決闘シーンとは裏腹に、感情を大きく見せるシーンは少なく、抑えた演技をしている。100%の感情を60%に抑えることで120%の効果をもたらしているのだ。本作でもっとも大きな感情を見せるシーンは、殺されて無残に木から吊るされた妻と息子の変わり果てた姿を見た時。だが大声で泣き喚くことはせず、静かに泣きながら膝から崩れ落ちていく。ここでマキシマスの感情を表しているのが、涙と共に流れる「鼻水」だ。勇壮な男が鼻水を流して泣く。うわべの演技ではない深い悲しみ。こんな心に響く芝居を見せた俳優がいただろうか。それだけにラストの妻と息子のもとに向かおうとする夫、そして父親としてのマキシマスの姿が深い感動を呼ぶ。