第96回アカデミー賞の結果から見えてくる、“わかりにくい”作品を評価した映画業界の今後
これだけ予定調和ばかりの授賞式だが、アメリカでの視聴率は昨年の約1880万人より少し上昇し、約1950万人が視聴した。ストリーミングサービスでも配信されたゴールデン・グローブ賞やSAG賞と異なり、ABCの生放送だけでこれだけの視聴人数を得ることができたのは、様々な理由があると見られている。最も大きなところでは、作品賞候補の10作品に『オッペンハイマー』『バービー』といった2023年のボックスオフィスを牽引した大ヒット作品が含まれていたこと。ライアン・ゴズリングのケンによるパフォーマンスがあったことも視聴増の要因の一つだろう。また、授賞式開始時間は例年よりも1時間早まり、さらに3月10日はアメリカでサマータイムが開始されたので、授賞式が行われるロサンゼルスよりも3時間早い東海岸でも、日曜の比較的早い時間に生放送を見終えることができた。
とてもわかりやすい結果だったこととは裏腹に、今年のアカデミー賞で受賞した作品は、一見では難解とされる作品が多い。『オッペンハイマー』は、複雑な構成をオッペンハイマーとルイス・ストロースの視点と状況を画角と色調で区別し提示した。国際長編映画賞と音響賞を受賞した『関心領域』(5月24日公開)は、映画の中で描かれる家族の周囲でなにが起きていたかを、観客が持つ歴史的文脈と照らし合わせていく作品だ。夫の死をめぐる裁判で提示される“真実とおぼしきもの”にどう対峙するかが問われる『落下の解剖学』(公開中)は、フランス語と英語による作品でありながら脚本賞を受賞した。長編アニメーション賞を受賞した宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』も、昨年夏の日本公開時には「難解だ」という意見が散見されていたが、12月の北米公開時には大ヒットを記録している。
これらの作品が「わかりにくい」とされたのは、映像が直接的に見せているもの、ストーリーラインやセリフが現しているものとは別のものを映画に映しだそうとしている作品だったからだ。逆に言えば、映画として提示された作品を、観客はどのように受け取ってもいい。アカデミー賞に投票するのは批評家ではなく、映画を作り世界中の観客に届ける9300名あまりの制作者たちだ。2023年の映画脚本家組合と映画俳優協会のストライキでも、AI使用に対するガイドラインが最も大きな争点になっていた。見えているものと見えていないものをつなぐような作品が組合の賞など前哨戦から通じてずっと評価され続けてきたのは、迫り来るAI技術の発展に人間のクリエイティビティが争う術を示した作品たちだったからではないだろうか。
文/平井伊都子