日本語も英語も…両バージョン鑑賞必須!?『君たちはどう生きるか』英語吹替版がもたらす新たな感動
実力派そろいのハリウッド俳優たちが、ジブリ作品に新しい魅力をもたらす
こうした効果を与えるのは、もちろん声優陣の実力があってこそ。今回の英語版のキャストも、安定の演技で応えている。スタジオジブリ作品の英語吹替版は、これまでもハリウッドの人気スターがキャスティングされてきたが、今回は過去の作品以上に豪華な顔ぶれである。ジブリ作品のアメリカ配給を手がけるGKIDSは、多くのスターたちが英語版への参加に積極的であることを明かしていた。それだけ宮崎駿作品の人気は、ハリウッドのなかでも別格なのだろう。
『風の谷のナウシカ』(84)のアスベルはシャイア・ラブーフ、クシャナはユマ・サーマン。『となりのトトロ』のサツキとメイは、実際に姉妹であるダコタ・ファニングとエル・ファニング。『魔女の宅急便』のキキはキルスティン・ダンスト。『紅の豚』のポルコはマイケル・キートン。『崖の上のポニョ』(08)の宗介の父はマット・デイモン、ポニョの母はケイト・ブランシェット。そして『風立ちぬ』の菜穂子は、今年アカデミー賞助演女優賞ノミネートのエミリー・ブラント…。その他にもジブリ作品の英語版には、小さな役に実力派スターの名前を発見することができる。
『君たちはどう生きるか』で主人公の眞人を任されたルカ・パドヴァンは現在20歳の若手俳優。映像作品ではなじみが薄いが、ブロードウェイのミュージカル「スクール・オブ・ロック」で、主要キャラクターのビリーを演じていただけあって、的確な感情表現を披露。声の演技では、この“的確さ”が重要であることを再認識させる。
日本語版と最も印象が異なる声は、眞人の父、勝一かもしれない。演じたのはクリスチャン・ベールだが、なにも知らずに観たら、おそらく誰の声かわからないだろう。ベールは『ハウルの動く城』でハウルを担当しており、再び木村拓哉と同じ役となった。バットマン役を演じた際のベールも、あのマスクを被ったシーンで独特の発声を試みており、声の演技への強いこだわりも感じられる。
そのほかにも、ジェンダーの枠を超えるようなキャラクター、キリコ役、フローレンス・ピューの頼もしさや、短い登場ながら、忘れがたい声を残した老ペリカンのウィレム・デフォー、『天空の城ラピュタ』のムスカ役に続いて2度目のジブリ作品となった大伯父役のマーク・ハミルなどの味わい深い仕事を堪能しつつ、やはり最も驚かせるのが、青サギ役なのは間違いない。日本語版の菅田将暉も本人のイメージを変える名演だったが、英語版のロバート・パティンソンは、サギとしての鳴き声から、邪悪な面が出る瞬間、コミカルな慌てっぷりまで、尋常ではない変幻自在っぷりである。日本語版と聴き比べたくなるのは確実だ。パティンソン、クリスチャン・ベールという“バットマン俳優”の共演も、偶然とはいえ感慨深い。
そして英語吹替版でも、変わらずに日本語のままのパートがある。エンドロールで流れる米津玄師の「地球儀」だ。ここでは歌詞が英語字幕で表示されるのだが、日本語としてじつにエモーショナルかつ心地良いあの歌詞が、英語でも美しい“詩”になっているので、ぜひ字幕を追ってほしい。
英語ネイティブの観客から、意外なシーンで笑いが起こるなど、日本語版とは違う劇場体験を秘めた今回の英語吹替版の上映。作品への向き合い方や、テーマの捉え方も含め、新たな感動が訪れる気もする。
文/斉藤博昭