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『哀れなるものたち』『枯れ葉』『TAR/ター』にも影響?伝説の映画作家ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーのいま観るべき傑作4選

コラム

『哀れなるものたち』『枯れ葉』『TAR/ター』にも影響?伝説の映画作家ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーのいま観るべき傑作4選

年齢差や境遇の違いを超えた美しく残酷な愛の物語『不安は魂を食いつくす』

第27回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞した『不安は魂を食いつくす』
第27回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞した『不安は魂を食いつくす』[c] RAINER WERNER FASSBINDER FOUNDATION

続いて比較的初期の作品のなかで、いまこそ格別に再評価したい1974年の傑作『不安は魂を食いつくす』。保守的な町で巻き起こる「年の差」と「身分違い」(階層差)の恋愛を描いたダグラス・サーク監督の『天はすべて許し給う』(55)をベースにしたもので、より下層に渦巻くラディカルな設定を敷いて主題を鋭利に問い詰めた。トッド・ヘインズ監督の『エデンより彼方に』(02)も同じサーク作品を参照したものだが、当然ヘインズにはファスビンダーの偉大な先行作を踏まえる意識も大きくあっただろう。

初老の白人女性と移民労働者の年齢差や境遇の違いを超えた愛を描く『不安は魂を食いつくす』
初老の白人女性と移民労働者の年齢差や境遇の違いを超えた愛を描く『不安は魂を食いつくす』[c] RAINER WERNER FASSBINDER FOUNDATION

物語はある雨の夜、ジュークボックスを置いている安酒場での1組の男女の出会いから始まる。掃除婦として働く未亡人の白人女性エミ(ブリジット・ミラ)と、モロッコから来たアラブ系の若い出稼ぎ労働者の青年アリ(エル・ヘディ・ベン・サレム)だ。あっという間に心惹かれ合い、肉体を重ね、結婚まで決める2人。だが3人の子どもはみんな結婚して独立し、「ばあさん」とまで呼ばれているエミと、彼女の20歳以上年下で、異文化に慣れずドイツ語のおぼつかない移民のアリという異色のカップルに対して、周囲の人々は酷い嫌悪の態度を向ける。

戦時中はナチス党員だったと無邪気に口にし、かつてヒトラーが通ったという高級レストランにアリを連れ添って出掛けるエミは、おそらくドイツ戦中派のリアルな庶民像のサンプルケースでもあるだろう。そんな彼女が年齢や肌の色が異なるアリと恋におちたことで、大衆社会の差別や偏見という、これまで意識外の領域だった苛烈な政治的抑圧に直面する。だがここで大切に描かれるのは、ひたすら慎ましい純愛の美しさである。この作品をファスビンダーのなかでもベストだと公言する映画作家にフィンランドのアキ・カウリスマキがおり、確かに日本でも好評を博した最新作『枯れ葉』(23)だけでも並々ならぬ影響の程が確認できるだろう。

『不安は魂を食いつくす』の影響を受けたアキ・カウリスマキ監督作『枯れ葉』
『不安は魂を食いつくす』の影響を受けたアキ・カウリスマキ監督作『枯れ葉』[c]EVERETT/AFLO

本作は第27回カンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞。ちなみにファスビンダー自身もエミの娘の夫役で出演。またアリ役のエル・ヘディ・ベン・サレムは当時のファスビンダーの愛人。彼らはパリのゲイサウナで出会ってから関係を深めたものの、サレムは本作の公開直前に暴力事件を起こして服役。やがて1977年、フランスのニームの刑務所で拘留中に自死。元愛人の死を自らが亡くなる直前に知ったファスビンダーは、最後の映画となった『ケレル』をサレムに捧げている。

女性たちの愛憎関係を繊細に映しだす『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』

女性同士の愛を描いた戯曲を、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが自ら映画化した『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』
女性同士の愛を描いた戯曲を、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが自ら映画化した『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』[c]EVERETT/AFLO

上記2作品に加え、あいにく現在「スターチャンネルEX」での見放題配信は終了してしまっているが、いま再評価のタイミングにふさわしいファスビンダー作品といえば、これを忘れてはいけない。1972年の『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』だ。ファッションデザイナーのペトラ・フォン・カント(マルギット・カルステンセン)と、彼女のもとに現れた美しいモデルのカーリン(ハンナ・シグラ)を巡って沈痛な愛憎のドラマが展開する。イングマール・ベルイマンなども引き合いにだされる重苦しい女性同士の闘争劇だが、これを男性同士のドラマに変換し(というより、実はファスビンダーと愛人の青年ギュンター・カウフマンの私生活を基にした内容なので、本来の形に戻したと言うのが正確かもしれない)、陽気なテンションでリメイクしたのがフランソワ・オゾン監督の『苦い涙』(22)である(ハンナ・シグラも出演)。オゾンはファスビンダー・フォロワーの筆頭格の1人で、キャリアの初期にはファスビンダーの未発表の戯曲を映画化した『焼け石に水』(00)を監督している。また『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』は、あのトッド・フィールド監督、ケイト・ブランシェット主演の『TAR/ター』(22)の参照作の一つではないかとの指摘もよく為された。ペトラとカーリン、そして助手のマレーネの人物相関と、ベルリンフィルの指揮者リディア・ターを巡る女性関係の構図に明瞭な類似が見られるのだ(ターの娘の名がペトラだったりもする)。少なくとも権力の問題、支配と搾取の構造を批評的に描いた『TAR/ター』が、この主題系のオリジンであるファスビンダーから大きく触発されていると見るのは至極妥当だろう。機会があればぜひ観るべき一作だ。


ファスビンダーが盟友・ダニエル・シュミットとタッグを組む『天使の影』

ファスビンダーの戯曲を、ダニエル・シュミット監督が映画化した『天使の影』
ファスビンダーの戯曲を、ダニエル・シュミット監督が映画化した『天使の影』[c] RAINER WERNER FASSBINDER FOUNDATION

さらにもう一本、ファスビンダーが原作・共同脚本・出演を務めた1976年の『天使の影』もある。これは長年繰り返し上演されているファスビンダーの戯曲の代表作「ゴミ、都市そして死」を、スイス出身のダニエル・シュミット監督が映画化したもの。街の片隅に立つ貧しい境遇から、ユダヤ人の不動産王に見初められていく娼婦リリーに扮するのは、一時期ファスビンダーと結婚していたイングリット・カーフェン。気怠い態度で強い香水を撒き散らすような退廃的名演を見せる。そして彼女にまとわりつくヒモ男のラウールをファスビンダー自身が演じている。原作の戯曲は当初、反ユダヤ的な内容との非難を批評家たちから浴びたが、むしろ戦後ドイツに漂う病理を丸ごと引き受け、この映画版では名手レナート・ベルタの撮影が荒廃した都市空間の中にロマネスクな幻想美を醸しだしていく。親友同士でもあるファスビンダーとシュミットの貴重なコラボレーションとしても興味深い。

ファスビンダーがヒモ男役で出演『天使の影』
ファスビンダーがヒモ男役で出演『天使の影』[c] RAINER WERNER FASSBINDER FOUNDATION

以上、いずれも必見の4本だが、これもファスビンダーの全貌からすればほんの一部に過ぎない。しかも『不安は魂を食いつくす』と『天使の影』は「ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー傑作選」で、『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』は「オゾンとファスビンダー」という特集上映企画で、ようやく2023年、日本では初めて正式に劇場公開されたのだ。いや、いまからでも遅くはない。この21世紀、血と汗と愛と涙に塗れた人間の裸形を改めて突きつけるように、ファスビンダーの新しい季節がこれからやってくるのかもしれない。

文/森直人

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BS10 スターチャンネル 放送情報
[STAR2 字幕版]
『マリア・ブラウンの結婚』 5月30日(木) 16:10~
『不安は魂を食いつくす』 5月31日(金) 10:15~

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