ふたりの思い出をいつまでも彩り続ける「September」
作中に登場する既存のポップミュージックは、当時のNYを表現しながらもキャラクターやエピソードごとに意図的に使い分けられている。この効果、想像以上に威力がある。
というのも、これも2回目の鑑賞時に気が付いたのだが、ドッグとロボが過ごすあの幸せで楽しい時間はたったの前半20分ほどでしかないのだ。み、短い!!離れ離れになってからの時間の方が圧倒的に長いではないか。しかしアース・ウィンド・アンド・ファイアーの「September」が常にふたりの時間を彩っていて、さらにその後のシーンで幾度もロボが恋しそうに口笛で歌うものだから、短時間で描かれたエピソードとは思えないほど印象強く、鮮明に残っている。
この曲の歌詞は恋人たちが付き合いはじめた9月を振り返る内容でありつつ、いうまでもなくドッグとロボが過ごした日々とリンクしており、ほとんどふたりの思い出そのものと言っていい。
そしてラスカルおじさんお気に入りの曲であり、ロボと過ごす日常のシーンでも流れるのがウィリアム・ベルの「Happy」。「Happy,I’m so happy」と繰り返されるフレーズ。なぜそんなにハッピーなのかというと「My baby put some love on me」「The girl makes me happy」――彼女の与えた愛が、彼女の存在そのものが彼に「自分は世界一の幸せ者だ」と言わしめている。
こちらもまた恋愛ソングだが、この際愛の種類は重要ではない。ロボにとって、この曲はラスカルおじさんとの思い出の曲となっているだろう。だが、ラスカルおじさんはロボと出会う前からこの曲がお気に入りでよく聴いていているような描写がある。もしかしたらラスカルおじさんは、自分と出会い、人生に愛をもたらしてくれた“彼女”にあたる誰かとの思い出を重ねて聴いているのかもしれない。
思い出の曲にのせ、新たな出会いと日々を塗り重ねて生きていく
本作ラストのシークエンス、この2つの楽曲がドッグとロボ、ロボとラスカルおじさんの関係を象徴して交差する。
ロボの胸には、ロボ自身のお気に入りのプレイリストと、ラスカルおじさんのお気に入りのプレイリスト。すなわち、彼の中にはドッグとの思い出も、ラスカルおじさんとの思い出も収められているのだ。ロボはもう、ドッグと出会った頃のロボではない。過去の思い出そのままに、全てを元に戻すことは出来ない。ただ、時は過ぎ去ったのではなく、胸の中で重なっている。
「今も変わらず、君のことを想っているよ。」そんな気持ちを届けるように大音量で響かせる「September」。ドッグとロボがそれぞれ踊るシーンには思わず涙した。今はもう会えなくても、たとえ過去の思い出でも、友情という名の愛は変わらず温かく、いつでも手をとり合って踊ることができるのだ。だとすれば、何が悲しいっていうんだ?長い人生の中で、君と出会って君と過ごした。それだけで充分“Happy”じゃないか。
ここで終わっても良いくらいだが、さらにドッグと新しい友達ロボット、ロボとラスカルおじさんがそれぞれに踊るところまで描いてエンドロールを迎えるのがこの映画の本当に素敵なところだ。ドッグとロボの思い出の曲であった「September」は、このシーンがあることでふたりだけの閉じられた曲ではなくなり、それぞれの新たな出会いと日々も塗り重ねられていく。
やがてこの曲はふたりにとって、ラスカルおじさんにおける「Happy」と同じような存在になるのだろうなと予感させるのだ。そして同時に、また別の曲も各々のリストに追加されていくような、そんな出会いのある人生が続いていくのだと希望的な未来を期待させてくれる。途中、あっさりと疎遠になってしまったダックとも、もしかしたらふいに交流が再開するかも。ね、手紙の返事を書いてみたら?案外首を長くして待っているかもよ。心の中でドッグを励ましながら、どの口が言っとるんじゃ、とも思った。
結婚報告で勝手に置いていかれたような気になってメソメソ泣いていたのはこの私です。何をそんなに悲観することがあったのか。振り返れば友人と過ごした日々の色は変わらず、私の人生を彩ってくれている。
エンドロールを最後まで見届けて、「September」を流しながらひとり、部屋で踊った。Do you remember――思い返してみれば、特にはっきりとした理由もなく疎遠になってしまった人もいる。楽しい思い出があるだけに、顔を思い浮かべると寂しい気持ちになるのもまた事実だ。だけど共に過ごした日々をじっくり思い返してみれば、くだらなくも愛おしいあれやこれやが浮かんできて、無意識に笑っていた。
もう簡単に会えないことも、昔のままに戻れないことも分かっているけど、君がどこかで幸せに過ごしていてくれたら嬉しい。そしてできれば、日々を重ねた先でまたいつか、人生が交わる日があったらもっと嬉しい。床にへばりついて泣く日があっても、こうして思い出と手をとりあって、孤独とだって踊ってみせましょう。過去を手放すことじゃなく、過去と共に歩くことで私はきっと大人になれる。
文/梨うまい