“妥協”と無縁な映画監督・西川美和が語る、『すばらしき世界』と日本映画界の課題【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
現在の日本映画界で、特別な信頼を寄せることができる映画作家の一人。西川美和監督について自分がそう断言するのには、明確な理由があります。
一本の映画が作られるには、様々な理由があります。既に評判の高いコミックや小説を原作として、その作者や権利元と交渉して映画化に漕ぎつけた作品。芸能プロダクションが役者を売り出すために、そのキャリア設計において最適な役柄から逆算して、どこかから原作を引っぱってきた作品。地方自治体が地域の振興のためにロケ地を誘致して、公金から製作費を捻出した作品。ほかにもいろいろありますが、多くの場合、それらはまるで順列組み合わせのように複数の理由が複雑に絡み合っていたりします。
西川監督の作品が作られる理由はシンプルです。西川監督が本当に語りたいストーリーを、西川監督が本当に組みたい役者やスタッフと一緒に撮る。もちろん、本当に語りたいストーリーを、本当に組みたい相手と一緒に撮っている作品はほかにもたくさんあるでしょう。でも、2003年に29歳で長編監督デビューしてから18年間で6作品。ほかのことには目もくれずにそれだけをストイックに続けてきた西川監督のキャリアは、やはり日本映画界においては特別なものと言っていいのではないでしょうか。
西川監督にとって初めてとなる“原案小説あり”の作品、最新作『すばらしき世界』も、そういう意味ではこれまでの作品とまったく変わりのない「シンプルな作品」です。しかし、「憧れの人」だった主演の役所広司、そして撮影監督の笠松則通らの力を借りて、『すばらしき世界』で西川監督は映画作家として新しいフェーズに入ったのではないか――そんな思いを糸口にして、西川監督に久々にインタビューをしました。決して“すばらしく”はない日本映画界の現状についても、忌憚のない意見を語ってくれました。
宇野維正(以下、宇野)「2003年に『蛇イチゴ』で監督デビューして以来、西川さんは短くて3年、今回は5年近くのインターバルというペースで長編映画を発表しています。今回の『すばらしき世界』も含め、すべて映画の立ち上げからご自身が関与されていて、いわゆる“受け仕事”はこれまで一度もされていないですよね?」
西川美和監督(以下西川)「長編映画では、ないですね」
宇野「並行してほかの企画の準備もする、みたいなこともない?」
西川「ないです。だから、毎作毎作、それまでやってこなかったテーマだったり、これまでやってこなかった撮り方だったり、なにかを変えていかないと、途中で嫌になっちゃうんですよ」
宇野「以前、宇多田ヒカルさんにインタビューした際に、自分に誇れることがあるとしたら作りかけで終わった曲が一つもないこと、という趣旨のことを言っていて。自分にもし才能があるとしたら、やり始めたものは必ず完成までもっていく才能だと」
西川「へえ、それはすごい!」
宇野「もちろん、曲と長編映画ではかかる時間も全然違うわけですが。西川さんは、途中で手放した企画とかもないんですか?」
西川「正直に言うと、1作目と2作目の間に、一つだけボツにした企画があります」
宇野「ああ、たった一つだけですか。それでも十分すごいですよ」
西川「毎回なんとかねじこんでる感じですね(笑)。『蛇イチゴ』を取り終えたあとに考えていたのが、訪問販売作業をする2人の男の話で。老人を食い物にして、鍋かなんかを売っている男たちの話をやろうと思ってたんですけれど。まあ、やっぱりその時点で1本しか撮っていない人間の書いたものなので、ストーリーのピリオドの付け方がわからなくて、結末をちょっとぼかしたかたちでプロットの提出をしたら、プロデューサーから『エンドマークのついていないものは映画じゃない』ということを言われて。それから1年くらいこねくり回していた時、ある夜に『ゆれる』の原案になるような夢を見まして。『あれ? こっちのほうがおもしろいんじゃないかな?』と」
宇野「作品のモチーフだけでなく、煮詰まっていた企画を手放したほうがいいということも、夢のお告げだったんでしょうね」
西川「でも、敗者復活戦っていうわけではないですが、そのボツになった企画は3作目の『ディア・ドクター』にちょっと引き継がれているんですよ。八千草(薫)さん演じる田舎で暮らしてるおばあちゃんが本音を言うことができるのは、訪問診療をしてくれる(笑福亭)鶴瓶さん演じるニセ医者だけという」
宇野「なるほどなるほど、確かに」
西川「そして、2人でタッグを組んで人を騙していくというプロットは『夢売るふたり』で復活したりとか。だから、結局すべてはなんか役に立ってるという(笑)」
宇野「先ほど出た“ピリオドの付け方”という点では、今回の『すばらしき世界』はこれまでの西川さんの作品の中でも際立って分かりやすくピリオドというか、作品のフィナーレがある作品で、そこにちょっと驚いたんですけど」
西川「そこまで意識はしてなかったんですけど、実は佐木隆三さんの小説にはあのクライマックスはなかったんですよ。本当に淡々と物語が編み込まれている作品で、最後は投げ出されるように終わるんです。私はそこがすごく良かったと思うんですけど。ただ、映画としては、誰も目を向けようとしない男の話が、淡々と日記のように終わっていいのかなって」
宇野「小説では主人公の最後も違うんですか?」
西川「違うんですよ。九州に戻れば仕事のあてがある、とか確証もないことを言って、福岡に戻っていくところで終わるんです」
宇野「あー、まったく違いますね」
西川「ただ、その原案になった『身分帳』は『え!これで終わるの?』ていう終わり方をするんですが、そのままページめくると『行路病死人』という別の作品が収録されていて、そこに主人公の後日談が入っていたんです。それで、私はここまでが一つの物語なんだろうなと解釈させていただいて。そこまでを含めての起承転結を、この『すばらしき世界』では描きました」
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