“妥協”と無縁な映画監督・西川美和が語る、『すばらしき世界』と日本映画界の課題【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
宇野「『すばらしき世界』では、一人の男の生きにくさに加えて、暴対法以降の暴力団員関係者の生きにくさが描かれています。後者に関しては、原案の『身分帳』が書かれた30年前からさらに過酷になっていることもあって、脚色の部分で大きく変えたところだと思うのですが」
西川「現在の暴力団を取り巻く環境がどうなっているかということについては、報道などではある程度知ってましたけど、この作品に取り組む上でいろいろリサーチをする必要があって。その世界から足を洗われた方々にも話を聞いたりもしましたが、やっぱり、もう息の根を止められているような感じでした」
宇野「主人公個人の問題だけではなく、社会のシステムがそういうものになっているということですよね」
西川「そうですね。完全に社会からなくなってしまえばいいということで、ライフラインを止められているような状況に置かれていて。それで本当に法を犯す人が社会から根絶されればいいんでしょうけど、物事はそんなにたやすいものではないですからね。もっと、犯罪が闇に潜っちゃったり、より弱いものに矛先がいって、ルールもへったくれもないような状況になって」
宇野「それこそ、高齢者をターゲットにした詐欺集団が増えたりとか」
西川「そう。もう『素人には手を出さない』というルールも崩壊しちゃってるんだなと。そこに関しては、当初から意図していたテーマというよりも、いろいろ調べていくうちに作品の中の比重が増してきた部分でした」
宇野「西川さん自身、映画監督としてでもいいですし、いち個人としてでもいいですけど、“生きにくさ”みたいなものはだんだん強まってますか?それとも、社会と深く関わっていく上で、本作の主人公のように見て見ぬふりをすることを学ぶようなこともありましたか?」
西川「うーん…そうですね。映画監督としては、環境が良くなっているようなことは決してないです。これまで好きなように自分の作った話をやらせてもらってきたと言いましたけど、じゃあ、同じ佐木隆三さんの書いた『復讐するは我にあり』を、今村(昌平)さんのように作れるかと言ったら、いまは絶対に作れないじゃないですか」
宇野「撮影期間の長さとかも含めて、本当にムチャクチャですからね」
西川「私はあそこまでの勇気はないですし、ああいう作品をいまの世の中に放って、果たして製作費を回収できるのかっていうこともありますし。撮影の方法も、表現の仕方も、『これは映画なんだから、もう好き勝手やるよ』と言ってた時代では、もうまったくないわけで。やっぱり自分には人の顔色を見ながら映画作りをしているような弱気なところもありますし、生前お目にかかったこともないですけど、きっと今村さんに見られたら笑われるんだろうなって思います」
宇野「ただ、それって日本映画界の問題だけじゃなくて、いまや世界的にもそうですよね。西川監督が世に出てきた2000年代の時点で、日本映画界の問題はあらかた出尽くしていて、むしろその荒れ地からもこんなに凄みと根気のある監督が出てきたんだっていう印象があって。それこそ商業性を度外視して作家性を貫くという意味では、アルフォンソ・キュアロンが『ROMA/ローマ』で、デヴィッド・フィンチャーが『Mank/マンク』でNetflixに活路を見出したみたいなことを、監督としてまだ若いですし、むしろこの先のほうがあり得るんじゃないかって思うんですけど」
西川「どうなんでしょうね(笑)。確かに、劇場での興行収入だけを軸にしていると、マスに見せていかなきゃいけないとか、ライト層にもアピールポイントを作らないといけないとか、そういうものをどうしても背負っちゃいますからね。映画の発表の方法が増えてきた分、よりパーソナルな作品だったり、よりアグレッシブな作品だったりが、また作られ始めているのかもしれないです。でも、ずっと劇映画をやってきた人間としては、どうしても自分の作品をスクリーンにかけたいというジレンマもあって」
宇野「それと、今村監督の時代の日本映画界になかったことという意味では、西川監督のような――あえて言いますけど――女性の監督がこういう男の生き様を描いた作品を作るってことは、なかなかやりたくてもやれなかったことだと思うんですよ。それは、確実に映画界の進歩なのかなって」
西川「はい」
宇野「西川監督は、監督デビューも早かったですし、そこでずっと女性監督というレッテルを貼られてきて、それに関しては当然いろいろ思うところもあったとは思うんですけど、そこをあえて背負うことはしてこなかったという印象もあって」
西川「そうかもしれません」
宇野「でも、数年前にあるインタビューで『映画界における女性の労働環境を変えてこられなかったことに関してはとても後悔している』ということをおっしゃっていたのを読んで、『ああ、そうだよな。西川監督も考えてないわけないよな』って思ったんです。諸外国と比べて、日本の映画界における女性監督の比率の極端な低さについて、ここ数年よく取り沙汰されたりもしますけど、この状況をどのように考えられているのか、改めて訊かせていただけますか?」
西川「うーん、そうですね。男女の比率をあらかじめ決めるクォーター制みたいなものを敷くことがいいことかどうかは、はっきり言ってまだ分からないです。ただ、少なくとも自分の作品の現場のスタッフには、女性が確実に増えてきているんですよね。今回のプロデューサーが非常に意識的だったこともあって、なるべく女性のスタッフを入れようとしてくれていて。ほとんどのパートに、一人は女性がいたし、女性のほうが多いパートもあったし、現場には常に4割以上女性がいました。私がこの世界に入った時は、自分から好んでもともと男性ばかりの現場に入ったんだからと思っていて、そういう意味で私は意識がすごく低かったんですけど」
宇野「自然と変わってきている?」
西川「そういう実感はあります。男の人も女の人も関係なく、映画の世界に憧れて入ってくる人は、この仕事がハードなものだって覚悟はあると思うんですよ。ただ、やっぱりそこで、例えば助手としてではなく、将来的に一本立ちした技師として長くやっていくには、やっぱり女性が結婚だとか、出産だとか、そういうライフイベントを迎えた時に、それでも同じ仕事を続けていけるような環境をちゃんと作らないといけないとは強く思います。優秀な人がそれで引退してしまうのは、単純にこれからの映画界にとって大きな損失になるので。そこのバックアップは、映画を作らせる体制側が、金銭的にもシステム的にもサポートしていかないといけないんじゃないかっていうのは、これだけ多くなってくると本当に思いますね」
宇野「特に日本の場合、比率だけを変えてもしょうがないということですね」
西川「そう。比率だけ変えてもしょうがないです」
宇野「結局は、映画の制作現場のスタッフの待遇の話になってきますね」
西川「だから、お金をちゃんと集めて映画撮ってくださいってことをまず言いたいです。すごく少ない予算しかないのに、作り手に無理矢理映画を撮らせることを、まずやめてもらいたい」
宇野「西川監督のような立場の方がそれははっきり言うのは、すごく重要なことだと思います」
西川「だって、子どもが家にいるのに、1日20時間は働けないですから。私は全然縁がないですけど、少なくとも大手の映画会社は、それなりに儲かってるんだったら、保育所くらい作ればいいのにと思います(笑)。そのくらいのサポートシステムがないと、やっぱり若くていい人材は入って来ないですよね」
宇野「ちなみに、この連載の前提となっているコンセプトは、自分がその年の日本映画でベストの10本に入れるであろうと思えるような作品が公開されたタイミングで、その作品の監督インタビューをするというものなんですけど、これまで4回やってきて、全員が中年男性の監督なんです。編集者とは『見え方として、女性監督にも取材をしたほうがいいよね?』みたいな話にもなるんですけど、やっぱり作品に接した時の評価を優先しないと、連載の意義がぶれてしまうなって。ただ、どんな場合でもジェンダーバランスに関してのツッコミが入るかもしれないってことは、気にせずにはいられなくなりました」
西川「そうですよね」
宇野「ただ、本当に難しいですね。映画をアートだと考えると、もしかしたら監督も男女半々になることが正解なのかもしれないと思ったりもするし。一方で、作品がマーケットに出る以上、映画はその商業的価値と批評的価値だけで判断されるべきだとも思いますし」
西川「そういう違和感は、私も感じることはあります」
宇野「もちろん、理想の世界に向かっていくことは重要なことなんでしょうけど、そこで単純に比率だけを変えても意味がないというか。本当に変えるなら、まずは現場に回っているお金をどうにかしなくちゃいけないし、その上でその配分まで考えなきゃいけないという。今日お話をしていて、そういうことにも気付かされました」
取材・文/宇野維正
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