“妥協”と無縁な映画監督・西川美和が語る、『すばらしき世界』と日本映画界の課題【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
宇野「ベテランの名撮影監督、笠松則通さんとも今回初めて組まれたわけですが」
西川「はい。役所さんも、笠松さんも、自分が本当に憧れてきた人だから、なかなか『もう一回』ってことを言うのは勇気が要るんですけど、『それでも思ったことは言うぞ』と自分に言い聞かせながら現場に入りました。少なくとも、そこだけはなんとか守れたかなって」
宇野「『すばらしき世界』を観て、西川監督のこれまでの作品とはかなり違うぞと思った理由は、先ほど話した物語の閉じ方だけでなく、ショットの力が格段に増していると思ったんですね。そこは、笠松さんの力も大きかったのかなって」
西川「具体的にはどのあたりですか?」
宇野「冒頭、バスの中で役所さんの立ち姿の時点で『おお』と思いました。どうしても思い出すのは役所さんのシーンが多くなりますが、後半のアパートの窓枠にもたれて外を眺めているシーンにも、とてもグッときて。ショットがバシバシと決まっているのが、西川監督の作品としてはとても新鮮でした。これまでの作品は、そういう画的な強さよりもドキュメンタリー的な生々しさを優先している印象があったので」
西川「例えば前作の『永い言い訳』は、子どもたちの動く姿をフレキシブルに撮りたかったので、劇映画的な画作りよりも、柔らかさみたいなものがあったほうがいいなと思って、山崎(裕)さんにスーパー16mmで撮っていただいたんですけど、今回は重量感のあるハードボイルドだと思ってましたので、本当は35mmで撮りたかったんですよ。せっかく笠松さんにお願いするならフィルムで、という思いがあって」
宇野「その話を聞くまで、デジタルでもまったく物足りなさは感じませんでしたが、それはやっぱりコストの問題?」
西川「完全にそうです。もしフィルムで撮るなら脚本を削らなきゃいけなくなりそうで。笠松さんも35mmで撮るのを楽しみにされていたので、そこは本当に申し訳なかったんですけど。でも、『ちょっと回しすぎちゃったかもしれない』みたいな緊張感に苛まれずに、贅沢にゆっくりと撮れたので、結果的には良かったと思ってます。笠松さんの撮影は、“画力”みたいなものをものすごく主張するわけではないんですけど、じわっとその画の力が観ている側にしみ込んでくる、そういう独特の強さと品みたいなものがあって。なんでこういうサイズで撮って、なんでこういうレンズを選んでるのか、俳優がフレームの中で動いてみて初めて『なるほどな』と分かってくるような画作りで。一緒に仕事をさせてもらいながら本当にしびれましたね」
宇野「ただ、コストの話を聞くと、本来、こういう堂々たる劇映画っていうのは、それこそ東宝とか松竹とかが、ドカンとお金をかけて作る作品なんじゃないかなって思ったりもするんですけど(笑)」
西川「それは、東宝や松竹の方に聞いてみてください(笑)」
宇野「まあ、この作品もワーナーのローカル・プロダクション作品なので、メジャーといえばメジャーですけど。日本のいわゆる老舗のメジャー映画会社から話が来ることもありますよね?」
西川「ないです」
宇野「あ、そうなんですか?」
西川「正確には、もうないですね」
宇野「もうない?(笑)」
西川「30代前半くらいまでは、ごくたまに大きな映画会社からも企画の話をいただいたりすることもありましたけど、自分が取り扱えるようなものではない原作ものの企画だったりして。それは、原作がおもしろくないっていうわけじゃなくて、根っこのところで、個人的にものすごく原作に入れ込んでいないと、1本の映画を背負うだけの器量が私にはないので。そうやって何本かお断りをしたら、もう来なくなりました。きっと、偏屈な人間だと思われているんじゃないですか(笑)」
宇野「『本当は不器用なだけなのに』みたいな(笑)」
西川「偏屈なんでしょうけど(笑)」
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