“妥協”と無縁な映画監督・西川美和が語る、『すばらしき世界』と日本映画界の課題【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
宇野「前作『永い言い訳』の時は、本木(雅弘)さん演じる主人公にご自身が投影されているという話をされてましたが、今回もそういう部分はあるんですか?」
西川「うーん…役所(広司)さんが演じた主人公には、ものすごく共感する部分も多いですけど、やっぱり私自身が作り出したキャラクターじゃないので、これまでとはちょっと違いました。自分とは遠い、屈託のない人間で。だからこそ、この主人公が好きなんだと思うんです。自分が書く人間像は、もっと屈折しているし、ずるいし。そこがないところが、私が主人公に気持ちよく肩入れできた理由かもしれません。今回、そういう“屈託”みたいなものは、(仲野)太賀くんの役のほうに回した気がします」
宇野「『すばらしき世界』で一番胸がざわざわしたのは、終盤、そんな屈託のない主人公が“見て見ぬふり”を覚えるところでした。その一連のシーンは、幻覚のようなシークエンスも絡めながら、作品全体の中でも重要なポイントとして描いてますよね」
西川「そうですね。あのシーンは小説にはない完全にオリジナルのシーンなんです。嘘をつけなかった人でも、この世の中で生きていこうと思うと、そういうものも身につけざるをえない。ああいうことって、私たちが常日頃やってることですから」
宇野「そうですね」
西川「だから、主人公のつらさが、それを見ている私たちにある種の背徳感をもたらすというか。間違っているって分かってても、やらざるをえないことってあるじゃないですか」
宇野「ただ、一般的な意味における“映画監督の完全主義”とはちょっと違うかもしれないですけど、西川監督くらい“妥協”みたいな言葉と無縁そうな監督って、なかなかいないと思うんですけど。監督デビューから20年近く経っていながら、これまで受け仕事をしたことがないということも含めて」
西川「別に『妥協しないぞ』と思っていたわけじゃないんですが、結果的には妥協をしていないことになっているかもしれないですね。やりたいことだけやってますからね」
宇野「そういう監督としての姿勢を知っているから、実際はとてもお話がしやすいんですけど、取材の前は毎回ちょっと緊張するんですよね(笑)」
西川「人に緊張を強いると。どうなんでしょう(笑)。でも、『話してると見透かされてる気がする』みたいなことはよく言われたりしますね。実際は全然そんなことないですけど。そんなに人のことが瞬時に分かるんだったら、ほかの商売やってます(笑)。自己評価としては、『妥協しない』というより、とにかく不器用なんですよ」
宇野「同時に複数の企画を動かすなんて、考えられない?」
西川「はい。本当に一つのことしか考えられないんですよね。その一つを、じわじわじわじわやっていくってやり方しかできなくて。筆も早くないですし、まして今回は他人の原案小説があって、それを脚色するというのも長編では初めてでしたし。そのノウハウもまったくなかったから、どうしても時間がかかっちゃうという」
宇野「きっと今後も、そういう作り方をしていくんでしょうね」
西川「そうですね。映画は4年に1回くらいでいいですよ、本当に」
宇野「そうですか(笑)。これ、実際に『すばらしき世界』の試写を観終わってすぐにツイートした文言なんですけど、自分は『巨匠の新作といった風格』と最初に思ったんです。そこにはいろんな意味を込めたんですけど、その一つは、そもそも作品のペースが巨匠っていう(笑)」
西川「(笑)」
宇野「あと、役所広司さんという『ダメだったところを見たことがない役者』で撮るというのも、今回実は大きなチャレンジだったと思うんですよ」
西川「本当におっしゃる通りで、役所さんのお芝居がダメだったところって見たことがないんですよね」
宇野「役所さんの演技だけがその映画を救ってる場合もあったりしますからね(笑)。多くの監督には、ほかの監督には出せない魅力を役者から出したいという欲求があると思うんですけど、役所さんくらいになると、なかなか太刀打ちできないというか」
西川「そうなんですよ。もう攻め手がないんじゃないかっていうことを、役所さんの出演作を見ながら年々思っていて。ずっと憧れの方だったんですけど、そろそろオファーをしないと、もう本当にすべてやり尽くしてしまうって。それで、もういよいよ攻め手がないぞと思っていた時に、非常に魅力的な主人公の話に出会ったので、このタイミングを逃すわけにはいかないって」
宇野「なるほど。今回のキャスティングの数奇な縁(西川監督は17歳の時に見たテレビドラマ『実録犯罪史シリーズ/恐怖の二十四時間 連続殺人鬼 西口彰の最期』に主演していた役所広司に入れ上げた。『すばらしき世界』の原案『身分帳』の著者である佐木隆三の代表作『復讐するは我にあり』は西口彰をモデルにしている)についてはエッセイなどでも触れてましたが、それだけではないということですね」
西川「そうなんです。役所さんといつかご一緒したいという気持ちはずっとありました。私が特に好きなのは、ちょっと得体の知れない役をやられている時の役所さんなんですよね。立派な人物を演じられている作品でも魅力的ですけど、やっぱり役所さんの醸しだす得体の知れなさとか、ちょっとした怖さみたいなところが特に好きだったので。今回の作品はまさにそういう役だったので、思い切ってオファーさせていただきましたけど、非常に高い山でしたね」
宇野「高い山というと?」
西川「役所さん自身はまったく演出家にプレッシャーを与えてきたりするタイプの方ではないんですけど、こっちが勝手にビビってますから。勝手に憧れて、勝手に緊張して。ワンテイク目から、まあ、本当にすばらしくて、なにも文句がないんですよ。でも、逆にそうなるとだんだん分かんなくなってきちゃうんです。『なにか修正点があるはずなんじゃないかな?』『でも、見当たらない』って、撮影中、ちゃんと自分の頭が回っていないような気がしてきてしまう。そして、一つなにか言葉を伝えると、役所さんがそれに対して本当にまっすぐ解釈して、まったく別のところから正解を出してこられるんです。自分の言葉にちゃんと責任を持たなきゃいけないなって、今回ほど思ったことはなかったですね」
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