料理家・栗原心平が語る「小さな幸せに気付かないともったいない」という生き方。“食”と“幸せ”を描く『川っぺりムコリッタ』
日本中で北欧ブームを起こした『かもめ食堂』(06)や、日本映画初のベルリン国際映画祭テディ審査員特別賞を受賞した『彼らが本気で編むときは、』(17)の荻上直子監督が、オリジナル脚本で“人と人とのつながり”を温かな眼差しで紡いだ『川っぺりムコリッタ』(9月16日公開)。
思わず心がほぐされる“おいしい食”と“ささやかな幸せ”、そして生と死を通して観る者に幸せの意味を問う本作について、「普段見落としがちな小さな幸せって実はたくさんあって、それは自覚して生きないともったいないと気付かされました」と率直な感想を語るのは、料理家で1児の父でもある栗原心平。料理番組「男子ごはん」などでもおなじみの栗原が、家族や以前CMで共演したムロツヨシとのエピソードを交えて、本作から改めて感じた“食”を通じたコミュニケーションの大切さをたっぷりと語った。
ある事情を抱え、北陸のイカの塩辛工場で働き始める松山ケンイチ演じる主人公の山田。誰とも関わらずに生きようと川の側にあるボロアパート「ハイツムコリッタ」で暮らし始めるが、そこで出会ったのは「風呂を貸してほしい」と図々しく部屋にやってくる隣人の島田(ムロツヨシ)や、夫を亡くした大家の南(満島ひかり)、息子を連れて墓石の訪問販売をしている溝口(吉岡秀隆)など、少し社会からはみだしたような一風変わった住人たち。彼らと関わりを持つうち日常に変化が訪れ始める山田だったが、ある日、子どものころに自分を捨てた父親の孤独死の知らせが入る。
「古き日本のご近所付き合いってこんな感じだったのかな、少しうらやましい」
タイトルにある「ムコリッタ」とは、仏教における時間の単位の一つで1/30日、つまり48分を表す言葉。本作では、生と死の間にある時間を、その「ムコリッタ」という言葉に当てはめている。
全編を通してどこか心地よい時間が流れる本作。鑑賞した栗原は、「全体的に非常に緩やかなトーンで、ゆったりと観ることができました。でも周りの時間の流れと違って、松山さん演じる主人公の山田のなかでは実はすごく早い時間が流れていて、一か所に留まっている焦りみたいなものも感じていたのでは」と、孤独な山田の心の機微も感じたという。日々めまぐるしく過ごす栗原だが「僕自身、もともとマグロ体質でじっとしていられないんです(笑)。なので、毎日夕方に帰ってきてムロさん演じる島田と一緒にごはんを食べたりする、山田のそういった“変わらない日常の幸せ”はとても理解できるのですが、自分では体現していないですね」と吐露。
図々しく部屋に上がってくる島田と、いつのまにか顔を突き合わせ一緒にごはんを食べるようになっていく山田。強引にも思えるコミュニケーションから始まった2人の関係だが、栗原は「僕自身も最初はイヤだと感じるかもしれませんが、結局あのようなつながりに、現代の人たちは飢えているような気がしていて…。島田のように部屋に上がり込まれてもつい許してしまう相手が、逆にものすごく安心感があったりするのかもしれない。“古き日本のご近所付き合い”ってこんな感じだったのかなと逆に思いました。少しうらやましいな」とも。
ホカホカの白いご飯や、登場人物たちがごはんを頬張る表情など、“おいしい食”を映しだすシーンはまさに萩上監督ワールド全開。栗原もやはり食事のシーンは印象的だったようで、「ご飯を炊いて、炊飯器をパカッと開けた時の山田の表情や、塩辛を白米に乗せてぐっと噛み締める感じとか、そそりますよね(笑)」。普段は料理番組にも携わっている栗原だが、本作では特に食べている演者の演技で『おいしそう!』というリアリティを感じたと言い、「“おいしさの演出”をとても感じました」と、萩上監督の手腕を讃える。
料理家、一児の父。会社の経営に携わる一方、料理番組「男子ごはん」(テレビ東京系列)のレギュラー出演や、YouTubeチャンネル「栗原心平ごちそうさまチャンネル」の運営など幅広く活躍中。
仕事で訪れる全国各地のおいしい料理やお酒をヒントに、ごはんのおかずやおつまみにもなるレシピを提案している。著書に、「栗原心平のこべんとう」(山と溪谷社)、「酒と料理と人情と。青森編」(主婦と生活社)、「栗原家のごはん 祖母から母に、母から僕に、そして僕から息子へ。」(大和書房)など。
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