6年ぶりの新作長編がついに刊行!『ドライブ・マイ・カー』など映画で浸りたい村上春樹の世界
舞台をロサンゼルスに移した映画『神の子どもたちはみな踊る』
阪神大震災後の世界を描いた村上初の連作短編集のなかの一篇「神の子どもたちはみな踊る」を、アメリカのCMディレクターで、本作が初の劇場用長編映画監督というロバート・ログヴァルが映画化。日本公開は2010年だが、製作は2008年。村上作品としては初のアメリカ映画となる。キャストも全員外国人。ケンゴ役のジェイソン・リュウのほか、ナスターシャ・キンスキーの娘、ソニア・キンスキーのデビュー作としても話題を集めた。
映画版は、新興宗教の熱心な信者を母に持つ主人公の青年が、会ったことのない父親とおぼしき耳たぶが欠けた男のあとをつける…という原作の物語をほぼ忠実に踏襲しつつ、舞台を東京からロサンゼルスに変更。主人公のケンゴ(原作では善也)は日本名だが、中国系アメリカ人で、コリアンタウンに在住という複雑な設定になっている。また、原作のように地震に言及する形ではなく、登場人物たちの身に起こる地震を具体的に描いた点も映画独自のアレンジだ。全体的にアメリカ映画として一般に受け入れやすい作品に仕上げている。
松山ケンイチに菊地凛子、水原希子ら絶妙なキャスティングが光る『ノルウェイの森』
国内だけで1000万部突破、世界中でもベストセラーになり、村上の読者層を大きく広げるきっかけとなった「ノルウェイの森」。この村上の最も有名な長編小説は、1987年の刊行から20年以上の歳月を経て、ベトナム系フランス人のトラン・アン・ユン監督により2010年に映画化された。村上の長編小説としては、『風の歌を聴け』以来、唯一の映画化作品である。
大学に入学した主人公ワタナベトオルは、自殺した高校時代の親友キズキの恋人、直子と再会する。彼女の誕生日に2人は一夜を過ごすが、その後、精神のバランスを崩した直子は療養所に入ってしまう。そんなワタナベの前に、同じ学部の女の子、緑が現れる…。
オーディションで選ばれたキャストは、主人公のワタナベ役に松山ケンイチ、直子役に菊地凛子、緑役に本作が演技初挑戦だった水原希子。キズキ役に高良健吾、ワタナベの年上の友人、永沢役に玉山鉄二。療養所で直子と同室の女性レイコ役に霧島れいか。さらに、ワタナベと学生寮で同室だった学生、突撃隊役に柄本時生、ワタナベが働くレコード屋の店長役は細野晴臣、療養所の門番が高橋幸宏と、チョイ役に至るまで配役が実に絶妙。
『青いパパイヤの香り』(93)や『シクロ』(95)など、抒情性と官能美を併せ持つ美しい映像表現で知られるトラン監督だけに、日本を舞台に、日本人キャストで撮られた日本映画でありながら、どこか異国のような独特の雰囲気が漂っているのが印象的な作品だ。
息子を失った母親の喪失感との向き合いを描く『ハナレイ・ベイ』
理屈では説明のつかない不思議な出来事を描いた連作短編集「東京奇譚集」のなかの一篇「ハナレイ・ベイ」を、『トイレのピエタ』(15)で長編デビューした松永大司監督が映画化(2018年製作)。ピアノバーを経営している主人公のサチは、一人息子をハワイのカウアイ島、ハナレイ・ベイで亡くした。サーフィン中にサメに右脚を食いちぎられ、死んでしまったのだ。それから毎年、サチは息子の命日が近づくと、その場所を訪れる。そこで出会った日本人の若者2人組から、右脚のないサーファーの姿を見たと聞いたサチは、息子の亡霊を探すのだが…。
主人公のサチ役に吉田羊、サチの亡くなった息子タカシ役を佐野玲於、日本人サーファーの高橋役を村上虹郎が演じた。映画版は基本的に原作のストーリーに忠実だが、サチと彼女が出会う日本人サーファーたちとの交流をより深く描いている点に注目。サチが不仲だった亡き息子と年が近い彼らと心を通わせる演出によって、彼女が息子の死を受け止め、埋められない喪失感と共にこれからも生きていくという未来に光が感じられる。
韓国の格差社会を反映したハードな青春映画に仕上げた『バーニング 劇場版』
村上が1983年に発表した初期の短編「納屋を焼く」(「螢・納屋を焼く・その他の短編」に収録)を、『オアシス』(02)や『シークレット・サンシャイン』(07)で知られる韓国の名匠イ・チャンドン監督が『バーニング 劇場版』として映画化(2018年製作)。アルバイトで生計を立てる小説家の青年ジョンスは幼なじみの女性ヘミと偶然再会。アフリカ旅行から帰国したヘミは、旅先で知り合ったという謎めいた金持ちの恋人ベンを紹介する。ある日、ベンはヘミと一緒にジョンスの自宅を訪れ、「僕は時々、ビニールハウスを燃やしています」という秘密を打ち明ける。そして、その日を境にヘミは忽然と姿を消してしまう…。
主人公のジョンス役に『ベテラン』(15)のユ・アイン、ベン役に「ウォーキング・デッド」のスティーヴン・ユァン、ヒロインのヘミ役に新人女優チョン・ジョンソ。第71回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、国際批評家連盟賞を受賞した。
いまから40年前の日本を舞台にした話を、現代の韓国を舞台に置き換えるなど、映画版では、まず時代と場所が大きく変わっている。それにともない、原作では既婚でリッチな小説家だった主人公を、定職につけず、アルバイトをしながら小説家を目指す貧しい独身の若者へと大胆に変更。韓国における若者たちの失業や格差といった社会問題を反映させた、ヒリヒリするようなハードな青春映画に仕上げた。物語が進むにつれて、徐々にミステリー色が強まっていく展開や、衝撃的なラストも監督によるオリジナルだ。