『さらば、わが愛 覇王別姫』が変えたアジア映画の潮流、世界を魅了した華麗な映像美

コラム

『さらば、わが愛 覇王別姫』が変えたアジア映画の潮流、世界を魅了した華麗な映像美

今年公開30周年を迎えた、チェン・カイコー監督の『さらば、わが愛 覇王別姫』(93)。主演を務めたレスリー・チャンの没後20年にもあわせた4K上映が全国で行われており、当時を知らない世代も劇場に足を運ぶなど話題となっている。本稿では、本作以前以後でアジア映画の潮流が大きく変わったと言っていいほどの変革をもたらした、偉大なエポックメイキングを改めて振り返っていこう。

中国映画“第五世代”の躍進と、国際映画祭での栄冠

【写真を見る】美しく儚い…レスリー・チャンの美貌が、スクリーンによみがえる!
【写真を見る】美しく儚い…レスリー・チャンの美貌が、スクリーンによみがえる![c]1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.

“アジア”とひとくちに言ってもその幅は広く、1950年代に国際映画祭の舞台で名声を得てきた日本も世界から見ればアジア映画のくくりに入る。けれどもここでは日本映画は一旦置いておくとして、1970年代の香港のカンフー映画や1980年代にアートハウス映画として世界的に知られるようになった台湾のニューウェーブと、2000年代以降に急速な進化が進み『パラサイト 半地下の家族』(19)で世界の頂点にまで上り詰めた韓国映画。これら東アジア全体の映画的な急成長を見た時に、それらの狭間には転換点となるできごとや作品が存在すると考えることができる。それが中国映画“第五世代”の躍進と、『さらば、わが愛 覇王別姫』にちがいない。

主人公の蝶衣を演じた、香港映画界のスター俳優レスリー・チャン
主人公の蝶衣を演じた、香港映画界のスター俳優レスリー・チャン[c]1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.

中国と香港(当時はまだ中国返還前のイギリス領だった時代だ)、台湾の合作によって制作された『さらば、わが愛 覇王別姫』は、京劇役者の蝶衣(レスリー・チャン)と小樓(チャン・フォンイー)、そして小樓の妻でかつて娼婦だった菊仙(コン・リー)を軸にして、1920年代から1970年代にかけての中国国内の変革の渦に巻き込まれていく人々を描いた約3時間にも近い大作だ。

カイコー監督は、北京電影学院の同期生だったチャン・イーモウ監督らと共に“第五世代”と称され、1980年代以降の中国映画界の発展を牽引した。撮影部出身で実験的な表現も取り入れながら、アートハウス映画として支持を集めたイーモウ監督に対し、演出部出身のカイコー監督の作品はよりドラマティックで安定した演出力を持つ。映像で“表現する”イーモウ監督と映像で“物語る”カイコー監督と形容するべきか、あるいはこの時代を中国のヌーヴェルヴァーグで例えるならば、ゴダールとトリュフォーぐらいの違いがあるといってもいいかもしれない。

中国語映画初のパルムドールを皮切りに、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネート
中国語映画初のパルムドールを皮切りに、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネート[c]1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.

案の定、先に国際的評価を勝ち得たのはイーモウ監督のほうであり、『紅いコーリャン』(88)で中国映画初の世界三大映画祭最高賞(ベルリン国際映画祭金熊賞)を獲得し、『菊豆』(90)ではアカデミー賞外国語映画賞に中国映画初のノミネートを果たす。それに続くようにカイコー監督も、本作で第46回カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞。香港の代表として出品された第66回アカデミー賞では外国語映画賞にもノミネートを果たす。

と、こう書いてみると中国映画の発展を支えた2人の監督がいたという話に見えるし、それも決して間違いではない。けれども『さらば、わが愛 覇王別姫』は、同じ年にゴールデン・グローブ賞の外国語映画賞を受賞している。それまでほとんどヨーロッパの映画ばかりが受賞してきた、三大映画祭やアカデミー賞と比較して大衆的な賞を手にしたことは、アートハウスでもなければカンフーやホラーといったジャンル映画でもない映画がアジアから発信されたということを示す決定的なできごとであり、潮流を変える大きな一歩だったといえよう。

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