名作『美しき仕事』が4Kレストア版で日本初公開!クレール・ドゥニが“友人”たちと描き続けるダンス
2022年にイギリスの映画誌sight & soundが発表した「史上最高の映画」7位にランクインし、濱口竜介監督にも影響を与えた『美しき仕事』(99)。日本では長らく未公開だったこの名作が4Kレストア版で公開された。フランス映画界が誇る生きる伝説ドニ・ラヴァンを主演に迎え、まばゆいほどに青いアフリカの海岸を背景に、外人部隊とそれを率いる指揮官の訓練の日々を描く本作。手掛けたのは国際的に高い評価を受けながらも、日本では監督作が配信でもパッケージでもなかなか観ることが難しいクレール・ドゥニ。『美しき仕事 4Kレストア版』公開を機に、彼女のこれまでの作品をたどりながら作家性に迫ってみよう。
身体表現にこだわり、カメラとのダンスを表現
『パリ、18区、夜。』(94)という美しい邦題の作品が象徴するように、クレール・ドゥニの描く夜にはオリジナルの深度がある。クレール・ドゥニは新しい夜を開拓していく映画作家だ。オーディエンスはいつの間にか街の隙間、夜の奥へ奥へと潜っていく。そこには夜の闇に負けそうな人の肌の鈍い輝きがある。クレール・ドゥニは人の肌に生を宿す。クローズアップされた肌、ほとんど絵の具で点描された色彩のような肌。クレール・ドゥニの映画における人の肌は、夜の色彩の一部であり、孤独な夜と戦ってきた者の傷跡であり、躍動する生のリズムなのだ。『美しき仕事』のダンスフロアに響くハウス・ミュージックが「リズム・オブ・ザ・ナイト」という曲名なのは、ほとんど必然のことのように思えてくる。『美しき仕事』ではレオス・カラックスの「アレックス3部作」などで知られるドニ・ラヴァンが、この曲に合わせて圧倒的なパフォーマンスを披露する。挑発的孤独の乱舞だ。
クレール・ドゥニはダンス、身体表現にこだわる映画作家だ。彼女の独創的ともいえるダンスへの意識は、イザック・ド・バンコレとアレックス・デスカスのダブル主演によるバディ・ムービー『死んだってへっちゃらさ』(90)を撮っていた時に芽生えたものだという。この作品には闘鶏というアンダーグラウンドな賭け事の世界が描かれている(やはり夜の深さが印象的な作品だ)。主人公が来たる大一番の闘いに備え、鶏を調教するシーンを撮っている時、クレール・ドゥニは俳優とカメラが一緒になってダンスするような感覚を覚えたという。踊るように羽を広げる鶏。鶏のダンスのリズムに合わせる俳優。ここには調和がある。この感覚が以後の作品のアプローチへと発展していく。
『美しき仕事』にも出演した、クレール・ドゥニ映画の常連俳優グレゴワール・コランが、アニマルズの「Hey Gyo」に合わせて即興で歌い踊る『U.S. Go Home』(94)は、クレール・ドゥニの身体表現を研究する者にとって最も重要な作品と位置付けられている。この68分の中編作品に出演したグレゴワール・コランとアリス・ホウリの2人は、日本でも公開された傑作『ネネットとボニ』(96)に出演している。また『U.S. Go Home』は、短編を含め4本の作品でクレール・ドゥニと組むことになるヴィンセント・ギャロの演技も強く印象に残る。
ニューヨークを舞台にするヌーヴェルヴァーグ風な短編『キープ・イット・フォー・ユアセルフ』(91)以降、クレール・ドゥニとヴィンセント・ギャロのコラボレーションは続いていく。そしてクレール・ドゥニによる“肌の表現”、“夜の深度”が血まみれのカニバリズムホラーとしてエクストリームな地点に到達したギャロ主演の『ガーゴイル』(01)は、ルカ・グァダニーノの『ボーンズ アンド オール』(22)にもっとも強く影響を与えた作品だと思われる。ルカ・グァダニーノは『ガーゴイル』をフェイバリット映画に挙げ、同作を「ホラーは愛に近い」という言葉で評している。カンヌ国際映画祭の上映時には退場者が続出したという取扱注意の危険な映画だが、傑作であることに疑いはない。