「LOTR」アラゴルン役から初監督作『フォーリング』まで…名優ヴィゴ・モーテンセンの歩み
半自伝的な作品として家族との思い出を込めて作り上げた『フォーリング 50年間の想い出』
『フォーリング 50年間の想い出』は、認知症を患う年老いた父親と疎遠になっていた息子との、再会と2人の記憶を辿る旅の物語。航空機パイロットのジョンは、パートナーのエリック、養女のモニカとロサンゼルスで暮らしている。そんなある日、田舎で農場経営をしている父のウィリスが認知症を発症し、引退後に住む家を一緒に探すためジョンの家へとやって来る。しかし、保守的なウィリスとゲイで進歩的なジョンとの間にはずっと埋まらない心の溝があった。そして、病によって過去と現在が混濁していく父に息子が向き合ううちに、親子が50年間にわたって抱えてきたわだかまりや想いがあふれだしていく。
本作の脚本が書かれたのは2015年。きっかけはモーテンセンの母親が亡くなったことで、彼女の葬儀を終えた帰りの飛行機の中で、断片的な思い出を紙に書き起こしたのが始まりだった。本作で描かれるのは、基本的には架空の家族についてだが、このことやジョンをモーテンセン自身が演じていることからも、彼の家族の間で実際に起きた出来事や会話に基づいた半自伝的な作品と言える。
とは言え、前述したように、本作は父と息子の物語。老いたウィリスを「エイリアン」シリーズのビショップ役などで知られるランス・ヘンリクセン、青年時代を『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』(17)のスヴェリル・グドナソンが演じ、高圧的な彼に家族が翻弄され、時に怯える様子が心に残る。この疑問について、モーテンセンは本作のオフィシャルインタビューで以下のようにコメントしている。
「母親のことを書けば書くほど、思い出すのは父親のことでした。私の父は母に対して、絶対的な権威をふるっていました。両親が離婚し、それぞれ新しいパートナーを見つけ、別々の道を歩み始めた後も、私や弟たちと母の家庭には父親の影がまとわりついていたのです。飛行機が着陸する頃には、自分が書き綴ったイメージが、架空の会話や瞬間から成る物語にまで発展していました。現実で起きたことと類似しているものの、確かに異なる会話が、なぜかしっくりきたのです。単に具体的な事実を並べたものよりも想像上の物語の方が、自分の母親や父親に対する想いを的確に表現しているような気がしました」
モーテンセンにとって実の父親の存在がいかに大きく、向き合うべき存在であったかがうかがえる。本作のテーマについて、「他者をありのままに、そして自分自身もありのままに受け入れる方法を見つけようとすること」とも説明していることから、架空の家族の物語にすることで、より自然な想いを脚本や映像に反映でき、父親のことも理解しようとしたのではないだろうか。
このようなパーソナルな作品でありつつも、過剰な演出を避けたミニマルな世界観にはモーテンセンのこだわりも感じることができる。静かで控えめなカメラワークによる映像や、彼自身が演奏しているピアノの旋律が美しい劇伴。さりげなく挿し込まれる風景の画はモーテンセンが手掛けた写真集などのアートワークに通じるものがあり、その作家性を堪能することができる。
まさに孤高のアーティストとも言える唯一無二の感性で、映画をはじめとするアートの世界で“表現すること”に従事してきたヴィゴ・モーテンセン。「ロード・オブ・ザ・リング」やクローネンバーグ作品といったこれまでの作品に改めて触れてみて、『フォーリング 50年間の想い出』を鑑賞すれば、彼が辿ってきた道程の奥深さに、少し、近づくことができるのかもしれない。
文/平尾嘉浩