『ある男』石川慶監督の端正な手つきが、“日本映画的”な風土にもたらす違和感。その正体とは?【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

『ある男』石川慶監督の端正な手つきが、“日本映画的”な風土にもたらす違和感。その正体とは?【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

「建築物を作っている感覚で映画を撮っているところがあって」(石川)

宇野「ちょっと話は戻るんですが、物理学をやられていたことって、例えば画面の構図であったり、空間の奥行きであったり、映画を作るようになってからもなにかその恩恵があったりするんですか?」

石川「そうですね。そもそも、基本的に映画作りって、どちらかと言うと文系より理系の頭を使うことのほうが多い気がするんですよ」

宇野「なるほど」

石川「建築物を作っている感覚で映画を撮っているところがあって。一つひとつのショットは小さい部品で、その一つの部品を作るのにも何十人っていう人が関わっているのに、その時はこれが全体のどこにはまるかよくわからないという。なおかつ、一つのショットを撮るのにも予算を考えなくてはいけなくて、そこでいろいろ考えを巡らせてっていう。最終的な目標はいい作品を作ることですけど、それって予算内でいい建物を作るような感じでもあって。しかも、ただ美しい建物を建てればいいというわけじゃなくて、そこに人が住むことも考えた実用性も求められる。映画も人に観られてなんぼだと思っているので。全体的には、自分はすごくそういう頭の使い方で作っていますね」

食事シーンひとつを取っても美しい構図。「谷口大祐」を名乗っていたのか“ある男X”役を窪田正孝が演じた
食事シーンひとつを取っても美しい構図。「谷口大祐」を名乗っていたのか“ある男X”役を窪田正孝が演じた[c]2022「ある男」製作委員会

宇野「『ある男』はヨーロピアン・ビスタサイズ(1.66:1)という、日本映画としてはかなり珍しいサイズで撮ってますよね。画面のフレームのサイズっていうのも、実際には選択肢はあるんでしょうけど、特に日本のメジャー映画だと多くの方はあまり考えずにアメリカン・ビスタ(1.85:1)かシネスコ(2.35:1)を採用していると思うんですね。そういうこだわりとかも、理系的なものの考え方とつながっているのかなって」

石川「フレームをどうするかっていうのは、撮影監督と一緒に考えますね。これまではずっとポーランドのピオトル(・ニエミイスキ)と一緒にやってきましたけど、ヨーロッパでは撮影監督とカメラやフィルムの選択から話し合っていくのは普通のことなので、今回もその想いで近藤(龍人)さんと話させてもらって。最初に(ルネ・)マグリットの『複製禁止』を使おうって決まった時から、これは自画像に近いような作品のイメージになるだろうから、スタンダード(1.33:1)と言う話も出たんですけど。さすがにそれは許してもらえなくて(笑)」

宇野「スタンダードサイズはやっぱり許されないんですか(笑)」

石川「自分でもそれは『ちょっとやり過ぎなんじゃないか』って思って(笑)。それで、アメリカの普通のビスタよりもちょっと狭いヨーロピアン・ビスタにしようって。昔、短編の時にそのサイズを使ったことがあって、おもしろかったんですよね。アメリカン・ビスタだと普通に心地よく画面に2人が入るんですけど、ヨーロピアン・ビスタだとちょっと狭いので、画面に2人入るとどこか居心地が悪くなるんですよ。そうすると、やっぱりシーンごとに中心になにを据えるかという選択が迫られる。そうすると近藤(龍人)さんの力がぐっと出てくるんですよね」

宇野「なるほど。この作品の緊張感はそういうところからも生まれてるんですね」

石川「漠然と2人を撮るとか、会話を撮るっていうことが許されなくて。特にカメラが動いたりすると、常になにを見ているかが問われる感じがあって。そういう部分でも、そこに近藤さんの視点が入ったことですごく助かりました」

たびたび登場する面会シーン。背中越しに、妻夫木聡演じる城戸の緊張が伝わる
たびたび登場する面会シーン。背中越しに、妻夫木聡演じる城戸の緊張が伝わる[c]2022「ある男」製作委員会

宇野「『ある男』の配給は松竹ということで、自分は勝手に、かつての野村芳太郎監督の松本清張原作映画と重ねたりもしたんですね。過去にワーナーや東宝とも仕事してみて、やっぱりそれぞれの会社にはカラーがありますよね?」

石川「ありますねえ。どうしても言葉を選んじゃいますけど(笑)。ただ、自分としてはワーナーさんとずっと組んでやりますとか、東宝さんだけでやりますとか、そういう感じでやってこなかったのはよかったと思うんです。映画にしたい話があって、その話の語り口に一番合う会社、一番合うスタッフと組んでいければなって。それでいうと、今回『ある男』は、松竹さんっていうのが、自分の中ですごくしっくりきたというか」

宇野「それはどういうところですか?」

石川「『ある男』のおもしろさは、ストーリーもさることながら、その背景に社会問題が描かれていることだと思ったんですね。でも、一緒に組む映画会社によっては、ストーリーのおもしろさだけになってしまって、社会問題の部分が削ぎ落とされてしまったかもしれない。これは自分が勝手に思ってるだけですけど。それこそ『ある男』って、エンタメとして作るんであれば、“愛した夫が亡くなりました。その死後にいろいろ調べてみたら驚きの事実がありました。それでも息子はお父さんを尊敬しています”みたいないい話になってしまうかもしれない。でも、そうしちゃうと平野さんの書いた『ある男』じゃなくなってしまう。でも、今回松竹さんは在日韓国人に対するヘイトの問題とかも含め、『ここはきっちりやりましょう』って寄り添ってくれました」

「石川さんならではの、日本の外での常識というのは、これまでも作品の隅々から感じてきました」(宇野)

宇野「でも、それこそ石川監督が東宝でやった『蜜蜂と遠雷』の時に、あんなクラシック音楽についての映画で、タイアップで最後にJポップが流れたりするのは本来あり得ないと思うんですけど、実際に観てみるまでは不安だったんですよ。でも、そこはちゃんと守られていて『さすが石川監督だな』って思ったんですよね。東宝の映画で、エンドロールにJポップが流れない映画を最後に観たのはいつだったっけって(笑)」

石川「(笑)。でも、『蜜蜂と遠雷』の時は、最初のラッシュの時に一緒に編集した太田(義則)さんがざざっとつないでくれたものが3時間ぐらいあったんですけど、あまりにも話がおもしろくなかったのか、ラッシュでは、最後に仮である有名な曲が勝手に入れられていました(笑)」

宇野「怖っ!(笑)。だって、『蜜蜂と遠雷』、超おもしろい作品だったじゃないですか」

石川「いや、確かにラッシュの時はまだまだ手を入れる余地がある状態で…」

宇野「そうなんですか!へえー!」

石川「基本ピアノコンクールだけの話なので。あの作品は、編集でかなり苦労しましたね」

松坂桃李、松岡茉優ら『蜜蜂と遠雷』初日舞台挨拶に集ったメインキャスト陣
松坂桃李、松岡茉優ら『蜜蜂と遠雷』初日舞台挨拶に集ったメインキャスト陣撮影/成田おり枝

宇野「この監督インタビュー連載でも、記事ではミュージシャンの人に気を遣って落としましたけど、過去に『タイアップの主題歌は外国に持っていくインターナショナル版では取るんですよ』みたいな話になったこともあって。だったら日本版でもタイアップ主題歌なくそうよ、って思うんですけど。やっぱり外から日本に戻ってきた石川さんならではの、日本の外での常識というのは、これまでも作品の隅々から感じてきました。自分でリスクをとっているインディペンデント作品ならまだしも、それをメジャー作品で守り続けている存在はすごく貴重だし、そこの信頼感っていうのはめちゃくちゃ大きいです」

石川「そうですね。そのあたり、慎重に慎重にお話をさせてもらう必要があるんですけど(苦笑)。主題歌も、本当に意味のある主題歌ならあり得るなと思うんですけど、海外に持っていった時の違和感もそうですけど、自分が一番気にするのは作品の賞味期限に影響することですね。映画って、映画会社は公開される週に向けてプロモーションの山を持っていって、だからこそタイアップとかもあるんでしょうけど、フィルムメーカーとしては5年後10年後にその作品がどうなっているかということのほうが気になるじゃないですか」

宇野「本当にそうですよ」

石川「そう考えた上での、この主題歌はアリなのかナシなのかっていう判断かなと思うんですけど」


宇野「それにしても、あんなに見事な構成だった『蜜蜂と遠雷』がラッシュ段階ではかなりしんどかったみたいな話には驚いたんですけど、結構編集の段階で、グッと作品を満足するクオリティまで持っていってるような感覚は強いんですか?」

石川「強いですね」

宇野「方程式を解くじゃないですけれど、最終的にロジカルな答えを出すプロセスですもんね、編集ってまさに」

遺影を見た大祐の兄に「これ、大祐じゃないです」と衝撃の事実を告げられる
遺影を見た大祐の兄に「これ、大祐じゃないです」と衝撃の事実を告げられる[c]2022「ある男」製作委員会

石川「そうです。やっぱり現場って不可抗力が大きいので、要らないかなと思ってもなぜか撮らなきゃいけないカットも出てきたりとか。本当は撮りたいんだけど撮れないから、騙し騙しみたいな感じで撮らせてもらうカットもあったりとか。現場って、自分にとっては将棋をやっているような感覚っていうか。二手三手先を頭の中で編集しながら、口ではちょっと違うことを言いながら心の中で思っていることを現場で撮る…みたいな。基本的に、“編集室でもう一度脚本を書いている”という感覚は強いです」


宇野維正の「映画のことは監督に訊け」

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