是枝裕和、坂元裕二がカンヌで語った『怪物』に秘めた想い。「言葉という矛盾した存在と、どのように付き合っていけばいいのか」

コラム

是枝裕和、坂元裕二がカンヌで語った『怪物』に秘めた想い。「言葉という矛盾した存在と、どのように付き合っていけばいいのか」

世界に評価された、「たった1人の孤独な人」のために書かれた『怪物』脚本

授賞式では、『PERFECT DAYS』で主演男優賞を受賞した役所広司と共に壇上に並んだ是枝裕和監督
授賞式では、『PERFECT DAYS』で主演男優賞を受賞した役所広司と共に壇上に並んだ是枝裕和監督[c]2023「怪物」製作委員会

授賞式の壇上。審査員団の1人である俳優のポール・ダノが脚本賞の発表を行い、「脚本賞は、坂元裕二の『モンスター』(英題)です」と言うと、会場にいる是枝監督と安藤サクラが抱き合った。ステージに上がった是枝監督はトロフィーと賞状を受け取り、「すでに帰国した坂元さんに伝えます」と言った。そして、「いただいた脚本の1ページ目に、それだけは僕の言葉ですが、『世界は、生まれ変われるか』という1行を書きました。常に、自分にそのことを問いながら、この作品に関わりました」とスピーチを行った。受賞の瞬間は日本時間の深夜であったが、坂元からすぐにメールが届いたという。そこには、「この脚本はたった1人の孤独な人のために書きました。それが評価されて感無量です」、と書かれていた。

『怪物』はクィア・パルム賞も受賞し2冠を達成
『怪物』はクィア・パルム賞も受賞し2冠を達成[c]2023「怪物」製作委員会

是枝裕和と坂元裕二が描こうとした“見えないもの”は、観客ひとりひとりの心の中にある。それを感じ取り、受け止め、「この映画は命を救うことになることでしょう」と評したのは、コンペティションとは別の独立賞であるクィア・パルム賞の審査員と、彼らを率いた審査員長で映画監督のジョン・キャメロン・ミッチェルだった。『怪物』の選定理由を、こう説明する。「物語の中心にいるのは、ほかの子どもたちと同じように振る舞うことができず、またそうしようともしない、とても繊細で、驚くほど強い2人の少年です。世間の期待に適合できない2人の少年が織りなす、この美しく構成された物語は、クィアの人々、馴染むことができない人々、あるいは世界に拒まれているすべての人々に力強い慰めを与え、そしてこの映画は命を救うことになるでしょう。登場人物のあらゆる面を、繊細な詩、深い思いやり、そして見事な技術で表現した是枝裕和監督の『怪物』に、私たち審査員は満場一致でクィア・パルム賞を授与します」。

ミッチェルが世界に知られるきっかけとなった『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(01)の主人公や、そのほか多くの“世間の期待に適合できない存在”の背中にそっと手を添えるような今作に、審査員たちはほのかな希望を見出したのではないだろうか。そして、言葉を扱うからこそ、疑うことを辞さない坂元裕二の脚本が、言葉で現すことのできないものを脚本にし、是枝裕和がそれを映像に映しだした。2人のクリエイターの懸命な挑戦の結実が、国際映画祭での評価だと考えられる。長らく続く分断社会から、世界は生まれ変われるかもしれない。


坂元裕二が「この脚本はたった1人の孤独な人のために書きました」と明かしたという『怪物』
坂元裕二が「この脚本はたった1人の孤独な人のために書きました」と明かしたという『怪物』[c]2023「怪物」製作委員会

カンヌの地でいち早く映画を観た人々の想いを載せて、『怪物』は世界中の映画祭を周り、各国の配給会社によって劇場公開される。そうやって映画は作り手のもとから離れ、飛び立っていく。世界のどこかにいる、“たった1人”に向かって。

取材・文/平井伊都子

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