是枝裕和、坂元裕二がカンヌで語った『怪物』に秘めた想い。「言葉という矛盾した存在と、どのように付き合っていけばいいのか」
世界に評価された、「たった1人の孤独な人」のために書かれた『怪物』脚本
授賞式の壇上。審査員団の1人である俳優のポール・ダノが脚本賞の発表を行い、「脚本賞は、坂元裕二の『モンスター』(英題)です」と言うと、会場にいる是枝監督と安藤サクラが抱き合った。ステージに上がった是枝監督はトロフィーと賞状を受け取り、「すでに帰国した坂元さんに伝えます」と言った。そして、「いただいた脚本の1ページ目に、それだけは僕の言葉ですが、『世界は、生まれ変われるか』という1行を書きました。常に、自分にそのことを問いながら、この作品に関わりました」とスピーチを行った。受賞の瞬間は日本時間の深夜であったが、坂元からすぐにメールが届いたという。そこには、「この脚本はたった1人の孤独な人のために書きました。それが評価されて感無量です」、と書かれていた。
是枝裕和と坂元裕二が描こうとした“見えないもの”は、観客ひとりひとりの心の中にある。それを感じ取り、受け止め、「この映画は命を救うことになることでしょう」と評したのは、コンペティションとは別の独立賞であるクィア・パルム賞の審査員と、彼らを率いた審査員長で映画監督のジョン・キャメロン・ミッチェルだった。『怪物』の選定理由を、こう説明する。「物語の中心にいるのは、ほかの子どもたちと同じように振る舞うことができず、またそうしようともしない、とても繊細で、驚くほど強い2人の少年です。世間の期待に適合できない2人の少年が織りなす、この美しく構成された物語は、クィアの人々、馴染むことができない人々、あるいは世界に拒まれているすべての人々に力強い慰めを与え、そしてこの映画は命を救うことになるでしょう。登場人物のあらゆる面を、繊細な詩、深い思いやり、そして見事な技術で表現した是枝裕和監督の『怪物』に、私たち審査員は満場一致でクィア・パルム賞を授与します」。
ミッチェルが世界に知られるきっかけとなった『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(01)の主人公や、そのほか多くの“世間の期待に適合できない存在”の背中にそっと手を添えるような今作に、審査員たちはほのかな希望を見出したのではないだろうか。そして、言葉を扱うからこそ、疑うことを辞さない坂元裕二の脚本が、言葉で現すことのできないものを脚本にし、是枝裕和がそれを映像に映しだした。2人のクリエイターの懸命な挑戦の結実が、国際映画祭での評価だと考えられる。長らく続く分断社会から、世界は生まれ変われるかもしれない。
カンヌの地でいち早く映画を観た人々の想いを載せて、『怪物』は世界中の映画祭を周り、各国の配給会社によって劇場公開される。そうやって映画は作り手のもとから離れ、飛び立っていく。世界のどこかにいる、“たった1人”に向かって。
取材・文/平井伊都子