尾道・大林宣彦を訪ねる旅――『転校生』から『海辺の映画館』へ、“映画のまち”と大林映画の40年

コラム

尾道・大林宣彦を訪ねる旅――『転校生』から『海辺の映画館』へ、“映画のまち”と大林映画の40年

1990年代、「新・尾道三部作」へ

『さびしんぼう』劇中のままの、坂道や階段
『さびしんぼう』劇中のままの、坂道や階段

ハイエースが、入り組んだ街並みを山の方へ奥へと進んでいくと、見覚えのある石段が目に飛び込んできた。『さびしんぼう』の主な舞台となった、主人公の井上ヒロキ(尾美)が暮らす西願寺だ。

西願寺から、尾道市街を眺める
西願寺から、尾道市街を眺める

車を降りて石段を上がっていくと、映画撮影当時の面影をはっきりと残す風景に思わず唸る。
「あちらに薩谷さんのお墓があるので、手だけ合わせに行きましょう」。
大谷さんのあとについていくと、海が見えるひときわ見晴らしのいい場所に薩谷和夫さんは眠っていた。

薩谷和夫さんのお墓の場所は、劇中で“さびしんぼう”が出没する辺りと同じだ
薩谷和夫さんのお墓の場所は、劇中で“さびしんぼう”が出没する辺りと同じだ

美術監督として参加していた大林組『水の旅人 -侍KIDS-』の撮影準備中に九州で倒れた薩谷さんは、1993年1月、入院していた尾道市の病院で息を引き取った。墓石には大林監督からの惜別の言葉が刻まれている。

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「薩谷さんの遺言が『尾道に墓を作りたい』ということだったので、『さびしんぼう』の故郷であるこのお寺に眠っています。お墓があるこの場所は、ちょうど“さびしんぼう”が出たり入ったりする印象的なシーンを撮った場所ですが、巡り巡ってたまたまここが空いたのでお墓をこしらえることになって。不思議な偶然ですよね」。
そう言って目を閉じた大谷さんに続いて、我々も静かに手を合わせた。

黒澤明監督をも虜にした『さびしんぼう』
黒澤明監督をも虜にした『さびしんぼう』

『さびしんぼう』が若者のみならず、それまで大林映画からそっぽを向いていた大人たちの心も捉え映画賞を席巻した後、大林映画の人気はますます上昇し、尾道は聖地として観光客を集めていくこととなる。
一方、バブル景気の真っ只なか、映画会社からアイドル映画、文芸大作、有名漫画の映画化などひっきりなしにオファーが殺到することになった大林監督だが、その人気と反比例するように、次第に尾道でパーソナルな映画を制作する機会は減っていった。
「東京を拠点に様々な映画を撮るなかでも、やっぱり監督の根底には尾道に帰りたくてしょうがないという想いがあったようです」。

引っ込み思案な実加(石田ひかり)の前に、事故死した姉(中嶋朋子)の幽霊が現れ…『ふたり』
引っ込み思案な実加(石田ひかり)の前に、事故死した姉(中嶋朋子)の幽霊が現れ…『ふたり』

尾道で2か月におよぶ『ふたり』(91)の撮影を行ったことを機に「新・尾道三部作」がスタート。ふたたび尾道での映画制作が活発になる。

「薩谷さんがお亡くなりになったことで、制作部として現場に入っていくようになって、次第に撮影現場に数週間から数か月ベタづきしてくれとお願いされるようになりました。
そのころ僕は40歳前後で、お店も自分がオーナーシェフとして先頭に立ってやっていた時期なので、映画とワッフルと子育てを掛け持ち(笑)。

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その掛け持ちを可能にするために、1995年の『あした』の頃、当時まだ高価だった携帯電話を買ったんです。そうしたら月に8万円くらい携帯代がかかってしまった。撮影中なんかだと、店に戻ってもすぐにスタッフから電話がかかってきて、『お前どこに居るんだよ、どこに!』と呼び出されちゃう。『どこって、ワッフル焼いてるよ!』って言うと『どうするんだよ、役者運ぶのは』だって。『え、いま送っていったのに、もう終わったのかよ』と店を抜けだして、また戻って…とか、常にそんな状況。監督の制作ペースも精力的でしたし、90年代はとにかく忙しかったですね」。

写真/黒羽 政士



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