『ハケンアニメ!』に「かがみの孤城」…さわやかな“白辻村”とダークな“黒辻村”、どちらも魅力の“辻村深月ワールド”に迫る
直木賞&本屋大賞受賞作家、辻村深月が、日本のアニメ業界を舞台に、アニメ制作に情熱を注ぐ人々の熱き姿を描いたお仕事小説「ハケンアニメ!」。2012年より雑誌「anan」に連載され、2014年に単行本化。2015年に第12回本屋大賞3位入賞、2019年にはG2の脚本と演出で舞台化も果たすなど多くのファンに愛されてきた作品が、約8年の歳月を経て、ついに実写映画となって公開された。
公務員から大手アニメーション会社に転職した斎藤瞳(吉岡里帆)は、新作アニメ「サウンドバック 奏の石」(通称:「サバク」)で念願の監督デビューが決まった。だが、熱意はあるものの、経験やスキルが少ない瞳は、作品を売るためには手段を選ばないプロデューサーの行城理(柄本佑)とは衝突ばかりだ。そんな彼らの目下、最大のライバルは、瞳がアニメの世界を志すきっかけにもなった天才アニメ監督の王子千晴(中村倫也)。デビュー作が社会現象を巻き起こした王子は、プロデューサーの有科香屋子(尾野真千子)のバックアップを受けて、8年ぶりの新作「運命戦線リデルライト」(通称:「リデル」)の制作にあたっていた。同じ曜日の同じ時間に放送されることになった「サバク」と「リデル」、最も視聴者の支持を得る、すなわち“覇権(ハケン)を取る”アニメははたしてどちらの作品なのか?
監督は『水曜日が消えた』(20)で劇場長編監督デビューを果たした吉野耕平。「サバク」と「リデル」、それぞれの作品の監督&プロデューサーに扮し、味わい深いコンビネーションを見せるのは、吉岡里帆と柄本佑、中村倫也と尾野真千子という実力派キャスト2組。また、天才アニメーターの並澤和奈役に小野花梨、アニメのコラボ企画を運営する秩父市観光課職員、宗森周平役に工藤阿須加、「サバク」の主人公の声を務めるアイドル声優、群野葵役に人気声優の高野麻里佳など、多彩な顔ぶれが集まった。
圧倒的な筆力で多岐にわたるジャンルを手掛ける“エンタメ小説界の旗手”辻村深月
原作者の辻村は、2004年の「冷たい校舎の時は止まる」で第31回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以降、2011年に「ツナグ」で第32回吉川英治文学新人賞、12年の「鍵のない夢を見る」で第147回直木三十五賞、18年の「かがみの孤城」で第15回本屋大賞と数々の文学賞を受賞している、いま最も勢いのある小説家の一人だ。
そのほかのおもな著書をざっと振り返るだけでも、「凍りのくじら」「ぼくのメジャースプーン」「スロウハイツの神様」「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」「本日は大安なり」「オーダーメイド殺人クラブ」「島はぼくらと」「闇祓」などなど、デビューから現在にいたるまで、とにかく精力的に作品を発表し続けている。最新作は、今回の映画化を機に刊行された「ハケンアニメ!」のスピンオフ小説集「レジェンドアニメ!」だ。
“エンタメ小説界の旗手”といわれる辻村のすごさは、なんといっても、有無をいわせぬ圧倒的な筆力を武器に、ミステリー、ホラー、青春、コメディ、恋愛、ファンタジーなど、長編、短編を問わず、あらゆるジャンルの作品を手掛けていることである。初期の頃、ミステリー色の強い青春もので、若い世代の心をグッとつかんだ後は、新たな作品を発表するたびに、ぐんぐんと世界を広げていき、中高年の大人まで幅広い読者層を獲得してきた。
さらに辻村ファンは、数多くの作品群を、人間が抱く黒い感情や孤独感を描いたダークな雰囲気の“黒辻村”と、温かくてさわやかな読後感のある“白辻村”とに分類し、自分の好みに合わせて愛読している。こうした楽しみ方ができるのも、作風が多岐にわたる辻村作品ならでは。どんな人も必ず好きになる1冊が見つかる作家だ。また、登場人物たちのリアルな心情描写に定評があり、彼らにどれほどつらい出来事が起こったとしても、ラストには未来にほのかな光を感じさせてくれるものが多いことも辻村作品の魅力である。