『マトリックス』『ハリー・ポッターと賢者の石』『ダンケルク』…日本の予告編キーマンが語る、予告編とハリウッド映画の変遷
「アメリカがずっと日本独自の予告編を作らせ続けてくれたのは、私たちが本社を一度も失望させたことがないから」
そんな自由な宣伝として、もう一つ記憶に残っているのがクリストファー・ノーランの『ダンケルク』(17)だという。
「『ダンケルク』は、映像だけを観ると戦争映画なんですよ。それだと人を選ぶし、映画の特異性が伝わらない。体感も時間感も特殊な映画なのだから、それを伝えるためにはどうすればいいか?マーケティングチームの中でミーティングを重ねた結果、オピニオンとなるような映画監督や俳優を起用して、作品について語らせるというCMを作りました。オピニオンの起用自体は新しくはないですが、私たちが考えたのは“体験してもらう”こと。劇場から出て来たばかりところでマイクを向け、『凄い体験だった。鳥肌もの!』など実感コメントを言ってくれる様子をiPhoneで撮影したような臨場感で演出したんです。これは新しかったと思います」。
中村の予告編を手掛けるうえでのポリシーは「宣伝コンセプトをもっとも効果的かつ驚異的に表現した、“感じる”予告編を作る」こと。そして絶対に譲れないのは「その予告編は自分のベストか?」だという。
そんな厳しいルールを課し、自ら超えてきた中村の引退直前に完成したのが、公開中の『ツイスターズ』の予告編だった。この予告編から“中村イズム”を引き継いだ若手のクリエイターたちの仕事が見て取れる。
「日本は自然災害の多い国なので、そういうことを想起させないために竜巻をモンスターにたとえ、人類が現代の最強のモンスターに挑むというようなコンセプトに変更されています。キャッチは“地球が生んだ最強のモンスター”。これもアメリカとはまるで異なる宣伝なんです。最近は、監督のOKだけじゃダメで、リサーチ結果もよくなければいけない。ハードルが高くなりましたが、それでもNGはなく、『ツイスターズ』も見事、合格しました」。
本作の製作総指揮はスティーヴン・スピルバーグ、VFXはILM(インダストリアル・ライト&マジック)の「ジュラシック・ワールド」チームなので、そこを強調した、まさに新しいモンスター映画というわけだ。ちなみに本作は米国の週末興収で1位を記録し、さらに2024年のオープニング興収3位にランクインするなど、文字どおりモンスター級の大ヒット。日本でのヒットも期待されている。
「今年のワーナーはティム・バートンの『ビートルジュース ビートルジュース』(9月27日公開)があり、“ジョーカー2”にあたる『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』(10月11日公開)もある。どれもワーナーらしい作品で、私の後任者たちがそれをちゃんと日本人の感性に合わせた予告編にしています。アメリカがこれまでずっと日本独自の予告編を作らせ続けてくれたのは、私たちが本社を一度も失望させたことがないからだと自負しています」。
中村が映画に目覚めたのは小学6年生の時。『小さな恋のメロディ』(71)を観て「イギリスという国、ビージーズの音楽、そしてメロディを演じたトレーシー・ハイドに夢中になり、未知の世界を体験させてくれる映画という魔法の虜になった」という。
それから50年以上、ひたすら映画を愛し続け、映画を仕事にもした中村。まさに素敵すぎる人生だ。これからも熱い一人のファンとして映画を支え続けてほしい。
取材・文/渡辺麻紀