韓国映画界のレジェンド、ホン・ギョンピョ。『流浪の月』で目指したのは「“雲や風”での表現」
映画とは、映像を構成する単位である「カット」を集め、つなげ、一つの作品にしたものだ。そんな当たり前の事実を、一つ一つのカットで驚嘆させ、撮影技術の真髄をまざまざと意識させる映画。それが、『流浪の月』(5月13日公開)だ。
本屋大賞を受賞した凪良ゆうの小説を李相日監督が映画化した本作をカメラに捉えたのは、『パラサイト 半地下の家族』(19)のポン・ジュノ監督をはじめ、名だたる監督たちとタッグを組んできたレジェンド、ホン・ギョンピョ撮影監督。今回MOVIE WALKER PRESSはホン・ギョンピョに単独インタビューを敢行し、概念を打ち破る映像の裏にある、韓国の名匠の“信念”に迫った。
「原作を読んで得た感覚を雲や風で表現したい、と思ったんです」
『悪人』(10)、『怒り』(16)など、エモーショナルで骨太な作品を手掛け観る者を圧倒する李相日監督と、映像の魔術師ホン・ギョンピョ。「激情型どうしで合うんじゃないか」と、2人を結びつけたのはポン・ジュノ監督だった。
「『パラサイト 半地下の家族』の撮影現場に李相日監督がいらした時に、あいさつをしました。監督の前作『怒り』をすでに観ていて、とても印象深かったんです。その後、ポン・ジュノ監督を通じて本作のオファーがあり、原作小説を翻訳したものを読みました。デジタル時代におけるコミュニケーションの問題や断絶など、現代を描いた物語だと思いました。参加を決めたのは、社会的アウトサイダーを描いた愛の物語と、小説の描写に共感したからです」。
女児誘拐事件の「被害女児」とされた家内更紗(広瀬すず)と「誘拐犯」とされた佐伯文(松坂桃李)が、15年後に再会したその後を描く本作。原作小説は、更紗と文それぞれのモノローグを中心に綴られ、客観的な場面や風景の描写は多くない。小説の世界観を映像化するにあたり、ホン・ギョンピョの頭に浮かんだキーワードは“寂しさ”だった。
「数年前に私が撮った『バーニング 劇場版』と共通する“寂しさ”を感じました。そして、自分が原作小説を読んで得た感覚を雲や風などで抽象的に表現したい、と思ったんです。事前に日本の撮影チームが用意したロケ地候補の写真を見ながら、画面でどう具現化するか想像を膨らませていきました」。
ホン・ギョンピョの特徴の一つが、太陽の光や風、雨といった“自然”の捉え方だ。自然現象を巧みに画面に映して主人公の心象風景を綴るべく、通常は何度もロケ地候補に足を運び、日の出や日没、太陽や風の向きも緻密に計算してカメラを回す。ところが、コロナ禍に直面した本作の準備はひと筋縄ではいかなかった。
「本来であれば日韓を往来しながら撮影場所を決めるはずが、今回は叶わなかった。撮影のために日本を訪れた時も2週間の隔離が必要で、隔離解除後に重要なロケ地をすべて1週間で回りました。かなりの強行軍でしたね(笑)。実際に見た日本の空は韓国で想像していた以上に空気が澄んで美しく、いい映像が撮れると直感しました」。