韓国映画界のレジェンド、ホン・ギョンピョ。『流浪の月』で目指したのは「“雲や風”での表現」
「大切にしているのは“直感とひらめき”」
1989年に『墜落するものには翼がある』(90)の撮影助手として初めて映画撮影に参加して以来、30年を超えるキャリアを重ねてきたホン・ギョンピョ。キャリアの原点ともいえるのが、『天使の涙』(95)などで知られるオーストラリアの撮影監督クリストファー・ドイル氏だ。
「1997年に公開された『モーテルカクタス』を韓国で撮った時に、助手を務めたんです。ドイル氏の芸術家としての作品性にインスパイアされました。当時脚本を担当していたポン・ジュノ監督との縁を結んだ作品でもあります」。
フィルモグラフィーには、『母なる証明』(09)以来タッグを組むポン・ジュノ監督や、『バーニング 劇場版』(18)のイ・チャンドン監督、『哭声/コクソン』(16)のナ・ホンジン監督など、韓国映画界を代表するレジェンドが名を連ねる。6月24日(金)に日韓で公開を控える是枝裕和監督の『ベイビー・ブローカー』もその1本だ。ホン・ギョンピョは、身近で接した名匠たちの仕事術についてこう語る。
「ポン・ジュノ監督は1年ぐらい前から徹底的にコンセプトを決め、一つ一つのシーンを緻密に準備して進めます。ロケ地に行って動線をすべてチェックし、セリフもすべて確認しながら最終的な絵コンテを仕上げる、ディテールにこだわる監督です。ナ・ホンジン監督もきめ細かですが、最近は現場での臨場感を活かして“開かれた余地”を作りたいと、『哭声/コクソン』は絵コンテナなしで撮影しました。イ・チャンドン監督も近年現場で決めるようになり、『バーニング 劇場版』はほぼコンテなしのぶっつけ本番でしたね。一方、是枝監督は、とてもスマートに撮影する方です。絵コンテをあらかじめ作って、それをベースに話し合って変えていくスタイル。私と同い年なので、コミュニケーションもスムーズでした。『いつでも(撮影方法を)変更していい』と言うので、私もどんどんアイディアを出し、すごくやりやすかったです」。
様々なタイプの監督とタッグを組むなかで、大切にしているのは「直感とひらめき」だと明かす。「現場でこれがいいと思ったら、監督をとことん説得します。それがたとえ大変なことだとしても、妥協しません。つらい撮影、夜中でも真冬でも、すべてのスタッフにとって大変なことだとしても、徹底的にこだわります」。
「ホン・ギョンピョ撮影監督は、最適値を探すために制限を設けない。納得できるカットを撮るためにはあと戻りをするし、変更もする。それを厭わない。物理的に多くが叶う韓国の環境だからこそ発想が広がるのだろうけど、一番韓国映画に負けているのは、そこだなって。俳優や技術が負けているわけじゃない」と李相日監督に言わしめた、ホン・ギョンピョ流撮影術。『流浪の月』は広瀬と松坂の細やかな演技はもちろん、風に吹かれる木々のざわめきや太陽がもたらす光と影、一つ一つのカットが織りなす映像の世界を体感すべく、劇場の大スクリーンで観てほしい作品だ。
取材・文/桑畑優香