A24『パスト ライブス/再会』が世界の映画賞に愛されたのはなぜ?鮮やかに映像化された“見えない感情”
世界の別々のところから共鳴するような作品が出てくる、映画のおもしろさ
世界概況を反映した作品や歴史上の出来事や実在の人物を描いた作品が好まれるアカデミー賞において、『パスト ライブス/再会』のような個人的な物語がノミネートされるのは珍しい。だが、今年ノミネートされた作品には大きなドラマを描いていながらも、そのなかにある親密な人間関係が主軸に置かれた作品が目立った。ブラッドリー・クーパーの『マエストロ:その音楽と愛と』(23)は、世界的指揮者が抱えていた夫婦の葛藤を描いたものだったし、マーティン・スコセッシ監督の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(23)は史実を描いていながらも、主演女優賞候補になったリリー・グラッドストーンが「これは壮大なラブストーリーです」と語っている。
そのスコセッシ監督の言葉を引用したポン・ジュノ監督のスピーチ「最も個人的な物語が最もクリエイティブ」に帰着しているとも言えるし、いま世の中に出てきている作品はパンデミック中にソーシャル・ディスタンスを保ちながら制作されていたことが少なからず影響を与えているのかもしれない。長編アニメーション賞にノミネートされた『ロボット・ドリームズ』(11月公開)は、まさにアニメーション版『パスト ライブス/再会』といった趣がある。アニメーションで描かれるニューヨークの街、記憶の音楽。このように世界の別々のところから共鳴するような作品が出てくるのが、映画の最もおもしろいところだ。
次なる旅路へと歩みだす新鋭監督のデビュー作を堪能しよう
セリーヌ・ソン監督は、『パスト ライブス/再会』同様にA24とクリスティーン・ヴァションのKiller Filmsと組む最新作『The Materialists』で、韓国語で“ソゲッティング”、英語では“マッチメイカー”をテーマにするという。先頃行われたベルリン映画祭の映画マーケットで発表され、主演にはダコタ・ジョンソン、ペドロ・パスカル、クリス・エヴァンスが噂されている。早ければ今春から撮影が開始されるという新作ではどんな感情を脚本化し、映像に映しだすのだろうか。まずは、世界を虜にした『パスト ライブス/再会』でセリーヌ・ソン監督の脚本と映像に身を委ね、心地よい感情の動きを味わってほしい。
文/平井伊都子