是枝裕和、行定勲が“映画の未来と配信”をスターサンズ・東宝・Netflixの映画人らと語り尽くした1万字レポート
配給会社が考える、“共栄”へのビジョンとは「お客様のニーズに合わせて進化していく」
河村「最近は『鬼滅の刃』が大ヒットしていて、おそらくすべての映画館においてコロナでの損失をカバーするような結果になっている。でもこの恩恵を受けられているのは大手の映画館だけで、中小規模の単館映画館は取り残されてしまった現実がある。そうした映画館とインディペンデントの製作者はどうしたらいいのか、皆さんが痛烈に感じていると思います。
3年半ぐらい前に『あゝ、荒野』という極めて挑戦的な映画を手掛けました。もともとは全6話の配信作品として企画された作品だったのですが、作っているうちに『これは絶対映画館で観てもらいたい』と、急遽前編と後編というかたちの映画作品に変更し、配信では全6話で配信しました。配信を行なってくれたU-NEXTは企画の段階から製作委員会に参加し、この作品に対して大きなお金を払っていただいた。つまり、配信によって映画として成立したともいえます。
そして高い評価を得て、主演の菅田将暉君は日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞を受賞しまいた。この時に、私は配信の時代が来ると、インディペンデント映画が存続していく上で、やはり配信というものは欠かせないのだと感じ、このコロナ禍においてますますそう思うようになりました」
松岡「私は配信と映画館ビジネスが共存するのは将来的には可能であり、いまはその過渡期にあると思っています。配信を否定するつもりもありませんし、映画会社にとっては二次利用の権利を買っていただいている重要なパートナーでもあります。おそらくいま皆さんが気になっているのは、映画を作っても映画館がやっていないと配信に行かざるを得ないという状況のことで、ほかの国々ではいまだに映画館がやっていないところもある。そうなると配信になるのは致し方ない部分があります。
では現状が落ち着いた時に、共存に向けてどのようなやり方があるのか。それは一つのフォーマットに限らず、いくつものフォーマットがあると思います。日本では10年ほど前からODS(Other Digital Stuff)というものがあって、ほかの国でもやっているような、音楽やスポーツ以外にもイベント系の上映が多く行われるようになりました。映画館でアニメを上映して、そのDVDも同じ場所で売られているというようなパターンです。配信と映画館での公開を同時にスタートさせるのであれば、まずODSという柔軟性のあるやり方で始め、将来的にはお客様のニーズやビジネスの方針に合わせて進化して変化していく。共存はできると思いますが、それはなにも一つの形で共存することではないのかなと考えています」
“映画の多様性”に向けてなにができるのか「やるべき映画はやらなきゃいけない」
松岡「ODSの対極になるものとして、映画製作者連盟で以前、“映画”の定義を作りました。それは『映画館のみで一番最初に商業的上映がされたものを映画の著作物と呼ぶ』と定義し、それ以外はODSという分類にしました。お客さんにとっては、どちらであっても上映していることには変わりないですが、製作者連盟としては映画館が入り口になるものが映画と考えるのです」
行定「『劇場』も映画ではなくODSだと言われました(笑)。概念として“映画”っていうものが人質にとられたような気持ちになって、僕としては納得できなかった。スタッフの顔も出演者の顔も見えて、彼らは映画を夢見て、映画館のスクリーンでかかることを夢見ている。僕もそれを望んでいるし、でもコロナ禍では仕方ない状況もある。僕はいつも、一つの作品が製作費を回収することを目標にしている。だからいくら映画とみなされないカテゴリでも、『俺が映画だと思っているんだからみんなも映画だと思ってくれるだろう』と言い聞かせるんです。それでもやっぱり思いは届くようで、配信でご覧になった方でも映画館で観なきゃと思ってくれた方は映画館に足を運んでくれて、すごく映画への愛を感じる経験になりました。
Netflixさんに聞きたいのは、まず僕らは予算を回収することをすごく考えているので、現実性やインディペンデント性が強い作品は予算を下げて回収を確実にするけれど、そのなかで冒険をしようという気持ちもある。でも多様性という点の捉え方がNetflixさんはそうじゃない。自分たちが決めたもののなかで優劣をつけるのではなく、人気作も冒険している作品もどちらにも観たい人がいると考えているように思えるのですがどうでしょうか?」
坂本「まさにその通りです。我々のサービスにはかなりの数の作品があって、強みの一つはレコメンド機能なので、例えばアクション映画をたくさん観ている人だと、“アクション映画が好きな人”だと自動的に機械が生成して、その方の好みに合ったものがプッシュされていく。そうなると一つのジャンルでも、全世界で2億世帯が加入しているので、一つのものを好きな方を集めるだけでも数千万人はいる。その方々に突き刺さることを重要視しています」
行定「僕らは『この映画を作りたい!』という想いがあっても、なかなか後回しにしちゃう状況もある。ヒットさせて次の作品につなげていかなくてはいけないから。昔は一つの会社が年間のラインナップを決めて、多様な作品をやっていたけどいまはそうではない。一本一本の作品がヒットするかどうかがすごく問われている。そうすると勝負作が、インディペンデントで突破して、たくさんの協力者を得て、お金をかき集めてと、メジャーでやる場合と勝手がまるで違う。でもやるべき映画はやらなきゃいけないという思いのなかで切磋琢磨している。そういう意味では、Netflixさんの説明はすごく附に落ちるんですよね」
是枝「監督が『ここはチャレンジしようかな』とやるじゃないですか。そしてNetflixが全体を考えて作っている幅があって、クリエイターの支援にも積極的になっている。そうなった時に、映連が定義することに反対はしませんが、映画館と決めたものがシネコンだけでなくアートハウスやミニシアターも含んだかたちに広げていくと、もうすこし別の還元の仕方があるのではないかと考えています。何年か前に、映連の岡田会長に、興行収入の数パーセントを使って、大手だけでなくインディペンデントも含んだ映画産業全体を、多様性を確保しながら盛り上げていくために使えないかと話をしに行ったことがあったんです。『それは東宝の人に聞いて』と言われたんですけど、松岡さんはどう考えてますか?」
松岡「いままでよりも、今回のコロナを経験して映画業界みんなでやろうよという雰囲気は出てきましたね。まずは映画館という場所を安全で安心に感じていただけるような取り組みを全国的にしていますが、日本は世界的に観てもいちはやくお客さんに戻ってきていただけた恵まれている国。今回は映画ビジネスの灯を消さないための動きでしたが、この先は映画業界全体でなにができるのかというステップに進まなくてはいけないと思っています」