是枝裕和、行定勲が“映画の未来と配信”をスターサンズ・東宝・Netflixの映画人らと語り尽くした1万字レポート
広がる視野、“世界に見てもらう”という戦略「映画館で上映されて、その後に世界配信ができるように」
リム・カーワイ「ここまでの話、とても勉強になりました。このコロナの間マレーシアに帰っていたのですが、ロックダウンで外出ができないなか、映画のようなコンテンツに触れるチャンスは配信しかありませんでした。Netflixでは毎日ベストテンが出ていましたが、そこはいつも韓国のドラマや映画が独占していて、日本のコンテンツは全然ない。国内マーケットの観客を対象に作られた日本の映画は、世界やアジアの水準から見るとかなり離れているのではという気がしています」
行定「そのあたりは僕も可能性があると思っています。我々の映画が届くためには国内で作品を作って輸出していかなきゃいけない。『劇場』が242か国に配信されていた実感はないけれど、感想を聞いた限りでは明らかに日本の男女のあり方や文化は海外に理解してもらえない。そこはこんなふうに届くのかという発見は、作り手にとってプラスになるはずです。だからこそ世界の基準に合わせるのではなく、日本独自の世界を深掘りしようとするんですが、是枝監督の作品なら世界の人が触れるけれど、僕らは作ってもなかなか世界に広がっていかない。いままでは映画祭で見せていくことが重要になったけど、これからは配信で世界中の人に見てもらえることで、視野がより広がってくのだと思っています」
リム・カーワイ「配信にはたくさんの映画があるので、いろいろな国の映画と勝負することになる。気になるのは、コンテンツが多すぎて宣伝されていない。配信サイトに作品がアップされたところで、たくさんの人に触れてもらえるとも限らないし、埋もれてしまうおそれがあるようにも感じます」
坂本「宣伝についてはライセンス契約を結んでいる作品とNetflixオリジナルのコンテンツで異なってきますが、やはりたくさんの作品を扱う以上、すべてを宣伝するのは難しいのが現状です。でもプッシュするタイトルを、リコメンド機能でどのように視聴者に届けていくのかと戦略的に仕掛けている部分はあります」
河村「私どもも『MOTHER マザー』を配信してもらうということで一緒に仕事をしてわかったのが、Netflixさんは製作者に寄り添っている。いろいろな配信会社がありますが、これだけ巨大な企業になりながらもものづくりに対するきちっとした姿勢を崩さない。日本映画の現在のあり方が、製作者に寄り添っているのかというと、決してそうではないと思わざるを得ない部分があります」
行定「とはいえ、僕らは映画館のスクリーンで、映画がかかることを夢見てるんです。正直なところ、欲張りですけど映画館で上映されて、その後に世界配信ができるように協議できるのが理想です。今度Netflixさんで配信されるデヴィッド・フィンチャー監督の『Mank/マンク』のように、配信前に2週間劇場公開することで、スクリーンで観たい人はスクリーンで観ることができる。お客さんがあふれたらロングランしてくれればいい。その後に配信もありだよねなってくれて、Netflix作品が映画として認められるようになれば両立もできる。僕らは映画館にかかることを夢見てるし、映画館で見てほしい。だから映画館は絶対になくならないと言いつづけたい」
坂本「我々も様々な企画があるので、フィルムメーカーやクリエイターの方と寄り添いながら、アワードやフェスティバルの規定のなかで映画館にかけて、アワードに戦略的に出していくことであれば、その戦略でやっていくことが一つのスタンスです。つまりは企画によりけりというところですね」
行定「一つのオリジナル企画を立ち上げて、それの出資を集めていく後ろ盾があるかないかとしていると制作の機を逃してしまう。僕らは10年かけてということもざらで、作りたい時に作ったわけじゃないものもある。それはかなり根気のいる作業で、議論になるようなエンタメもアートもある多様性というものは昔のスタジオではあってもいまでは叶わないものになってしまった。海外の方から聞くと、日本映画は誰が監督やっているのか顔が見えないと言われて心が痛む。いろいろな人の意見が反映されているからどうしてもエッジが丸くなっていく。育てていかないと、若手に革新的なものを作ってもらう時に誰が支えていくのかということです」
リム・カーワイ「マレーシアでは7月に映画館が再開されたのですが、いままではずっとハリウッド映画や香港映画ばかりだったのが、こういう状況でハリウッドの新作が開放されていないこともあって、韓国映画が多く公開されるようになりました。あとは普段絶対上映されないようなフランスのサスペンス映画も公開された。マレーシアのシネコンに通う観客が、それまで認識していなかった国の映画と出会うことができたのはコロナのおかげと言える部分があります。日本映画も、マレーシアで公開されるチャンスがあったのに、ちょうどマレーシアを舞台にした『コンフィデンスマンJP プリンセス編』がマレーシアで公開されなかったことは残念。コロナが落ち着いても、いずれまた同じことが起きるかもしれない。その時にチャンスを掴めるように、日本のマーケットだけじゃなく外へ向けてやっていくべきだと思います」
松岡「そういう状況があったのに上映されなかったのは勿体なかった…。ハリウッド映画がほとんどないなかで、日本映画を積極的に出していくべきだったのかもしれないなと思いました」
河村「東宝さんの、お客さんの顔が見えてかつどのような方に売っていくのか企画を立てて製作していくスタイルは本当に学ばなきゃと思っています。日本の製作者の欠点は、製作者のための映画を作っていて、お客さんのために映画を作っていないことです。アート映画の体質なのかもしれませんが、お客さんを無視して自分のために映画を作るのはあってはならないこと。そのためには、お客さんのために作っていく製作者をもっと育てていけば良いと思っています」
日本映画の質を取り戻す、抜本的な解決策は?「たくさんの人たちに観ていただかないと」
是枝「僕は行定さんとかなり近い意識で映画を作り続けていて、自分の資質と作品の持つポピュラリティを見極めながらやってきている。作り続けるということを考えると、もっと作り手は意識したほうがいい視点だと思います。話を広げると、コロナ禍でミニシアターエイドが立ち上がり、多くの人が賛同してくれた。東京にいるとわからないけど、この20年でアートハウスと呼ばれる映画館はどんどん減っていった。だからかつてそこにあったような観客と館主と作り手の人間関係の積み重ねがなくなってしまうのは残念だなと。映画を観る環境を、東京に限らずに保っていくにはなにか手立てを打たないといけないと感じています。フランスのように公的資金を投入するだけじゃなく、もっと制度としてやっていくような道筋を立てていく必要がある」
行定「僕もそこには賛同します。いかに観客と共に成長できるのかが今後の課題で、質の高いものを切望される状況というのが見えにくくなっている。僕らの時代は、アートハウスの単館映画館に行くと、例えば『誰も知らない』を渋谷のシネ・アミューズに観に行ったら、舞台挨拶でもないのに突然是枝さんが入ってきて質問を受けますと。それで作り手と急に近くなることができた。そういうことが培われた過程で、横つなぎになってなにがおもしろいのか知ることができた。いまはSNSでみんな繋がって、横つなぎになっている贅沢な時代だからこそ、発見してほしい。そうなるためにはたくさんの人たちに観ていただかないとお話にもならない。産業面も文化面も、日本はまだそこにたどり着かないから、国にもこれは産業なのだと働きかけをしていくことが重要なのだと思います」
河村「世界には小さい映画祭がいっぱいありますけど、どこも観客と共にあるというのがすばらしい。今年東京国際映画祭と東京フィルメックスがいっしょにやっていくのが快挙だと思ったのは、東京国際映画祭は世界の人々といい映画を集めて、このように交流していくと同時に、ずっと東京のお客さんと向き合ってきたフィルメックスを組み入れていくことで、映画祭全体に厚みを持たせることができたことです」